枯死とは、草木が完全に枯れて生命活動を停止する状態を指す。特に、水分や養分の不足、病害虫の被害、あるいは自然の経年変化などによって、植物が再生不能なまでに枯れ果てることをいう。
水分が失われて干からびることを指し、草木や物の潤いがなくなり、生気を失った状態を表す。
枯淡とは、人柄や芸術作品などにおいて、一切の贅沢や華美さを排し、質素で簡素な中に深い味わいや趣が感じられる様子を指す。
枯渇とは、水が完全に干上がってなくなる状態を指す。また、資源や物資などが使い果たされて尽きてしまうことにも用いられ、例えば食料や地下資源などが底をついた状況を表す。「涸渇」と書くこともある。
枯薄とは、冬枯れのすすきのことを指す。秋に穂を出したすすきが、冬の寒さによって枯れ、乾いた状態になったものをいう。冬の季語としても用いられる。
草木の水分が失われて干からびることを指す。また、転じて人間の肉体が衰弱して痩せ衰えたり、境遇が落ちぶれたりする様子にも用いられる。
枯竭とは、水分が完全に失われて乾ききることを指す。特に井戸や川などの水源が尽きて水がなくなる状態を表し、「涸竭」と表記されることもある。
ブドウ科のつる性の多年草で、道端などに自生する。巻きひげで他の樹木に絡みついて繁茂し、宿主の木を枯らしてしまうこともある。夏に黄緑色の小さな花を咲かせ、秋には黒く丸い実をつける。別名ビンボウカズラとも呼ばれる。
枯尾花とは、枯れたススキの穂を指す語である。「尾花」はススキの別称であり、その花穂が動物の尾に似ていることに由来する。冬の季語としても用いられる。
枯露柿とは、渋柿の皮をむいて干した後、むしろなどの上で転がしながら乾燥させ、表面に白い粉を吹かせた干し柿を指す。その製法に由来し、「転柿」とも表記される。
黄枯茶は染色の色名で、薄く藍色を帯びた黄褐色を指す。朽葉色に近いが、わずかに青みがかった渋みのある色合いを特徴とする。
栄枯盛衰とは、人や組織、国家などが繁栄と衰退を繰り返す様を表す四字熟語である。草木が生い茂りやがて枯れるように、栄えることもあれば衰えることもあり、そのような盛衰の移り変わりは世の常であるということを示している。
栄枯休咎とは、人生や世の中における繁栄と衰退、吉事と凶事の移り変わりを表す四字熟語である。栄えることと枯れること、喜ばしいことと災いを意味する「休」と「咎」を組み合わせ、人の運命や事物の盛衰が常に変化する様を言い表している。
枯木逢春は、春の訪れとともに枯れ木が再び芽吹き生き返る様子から、長く続いた苦境や困難から脱し、新たな希望や活気を取り戻すことを喩えた四字熟語である。
枯木死灰とは、枯れた木と冷たい灰の意から、一切の煩悩や妄念を離れ、無心の境地にあることを喩える。また、情熱や活気を失い、心の動きが止まったような状態をも指す。『荘子』に由来する四字熟語である。
枯木枯草とは、枯れた木と枯れた草を指す四字熟語であり、生命力を失い乾燥した草木の様子を表す。転じて、活気や潤いがなくなり、荒涼とした風景や状態を喩える表現としても用いられる。
枯木朽株とは、枯れた木や朽ちた株のことで、役に立たないものや価値のないもののたとえとして用いられる。また、年老いて力の衰えた人や、時代遅れとなった物事を指すこともある。
枯木寒巌は、枯れた木と冷たい岩を意味する四字熟語で、世俗の情念を離れた悟りの境地を表す。禅宗においては、心の執着を滅却した清浄な精神状態を象徴する。転じて、人情味に乏しく冷淡で近づきがたい態度や性質の喩えとしても用いられる。