古色を帯びて趣深いさまを表し、特に苔むした様子などから感じられる古めかしい風情を指す。
蒼鷹とは青白い羽色をした鷹のことを指す。また、転じて情け容赦なく人を捕らえる役人を喩える表現としても用いられ、この用法は『史記』に由来する。なお、「おおたか」と訓読する場合は別の意味となる。
蒼惶とは、慌てふためき、落ち着きを失う様子を表す。事態が急変したり予期せぬ出来事が起こったりした際に、冷静さを保てずに取り乱すさまを指す。
蒼生とは、青々と茂る草木に喩えて、多くの民衆を指す語である。人民や庶民を意味し、古くは「蒼氓」とも表記される。
色が青みを帯びている様子、あるいは青ざめている様子を表す。また、夕暮れ時の薄暗がりや、色褪せて古びた趣を指すこともある。
空や海が青々と広がっている様子、また草木が青々と生い茂っている様子を表す。広大な自然の情景に用いられ、深く澄んだ青緑色の広がりや、生命力に満ちた豊かな茂りを印象づける表現である。
タカ科の鳥で、低山帯の森林に生息する。背面は灰褐色、腹面は白地に黒い縦斑が密にある。雌は雄よりも体が大きい。古くは鷹狩に用いられた。冬鳥として知られ、「大鷹」と表記することもある。なお、「ソウヨウ」と読む場合は別の意味を表す。
顔色が青白く、血の気が失せている様子を指す。強い衝撃や恐怖、病気などによって血色がなくなり、青みがかった白さを帯びた状態を表す。
「蒼氓」とは、青々とした草が生い茂る野原に群がる民を意味し、転じて多くの民衆や庶民を指す語である。「蒼」は青々とした様子を表し、「氓」は民や庶民を意味する。この語は「蒼生」と同義で、広く一般の人々を表現する際に用いられる。
蒼朮はキク科に属する多年草の一種で、漢名に由来する名称である。その根茎は生薬として用いられ、朮(おけら)とも呼ばれる。
蒼海とは、広々と大きく青く広がる海のことで、青々とした大海原を指す。漢字表記としては「滄海」とも書かれる。
青々として果てしなく広がっている様子。主に空や海など、広大な自然の風景に対して用いられる。
「蒼蠅」は、青みがかった色をした蝿を指す言葉である。また、陰で人を陥れようと中傷し、権力者に取り入ろうとする卑しい人物を、この虫に喩えて表現する際にも用いられる。
顔面蒼白とは、恐怖や驚き、あるいは重い病気などによって顔色が青ざめ、血の気が失せた様子を表す四字熟語である。
霖雨蒼生とは、長雨が草木を潤すように、苦しむ民衆に慈しみをもって救いの手を差し伸べることを意味する。また、そのような慈悲深い施しを行う人物を指すこともある。
暮色蒼然とは、夕暮れ時、空の色が次第に暗く深みを増していく様子を表す四字熟語である。特に、黄昏の刻に辺り一面が青みを帯びた暗灰色に包まれ、物寂しい趣を感じさせる情景を指す。柳宗元の「始得西山宴遊記」にその用例が見られる。
「白衣蒼狗」は、空に浮かぶ雲が白い衣のように見えるかと思えば、たちまち青黒い犬の姿に変わるという杜甫の詩に由来する四字熟語で、世の中の事象や人の心が極めて移ろいやすく、はかないことを喩えた表現です。
天下蒼世とは、広大なこの世の中、すなわち天下の万民や世間一般を指す四字熟語である。『晋書』「王衍伝」に典拠を持ち、蒼生(そうせい)と同様に、天の下に生きる多くの民衆や世の中全体を広く意味する表現として用いられる。
蒼蠅驥尾とは、優れた人物に従うことで、たとえ凡庸な者でも功績を上げられることを喩えた四字熟語である。青蠅(あおばえ)は遠くまで飛べないが、千里を走る駿馬の尾に付いていれば遠方に至るという故事に基づく。『史記』伯夷伝の注釈に由来し、「驥尾に付す」とも略される。
蒼然暮色とは、夕暮れ時に空が深い青色に染まり、辺りが次第に暗くなっていく様子を表す四字熟語である。柳宗元の「始得西山宴遊記」に由来し、黄昏の静寂と物寂しさを情緒豊かに描写する表現として用いられる。
「蒼狗白衣」は、杜甫の詩「可歎」に由来する四字熟語で、世の中の事象が白雲が蒼狗(青い犬)に変わるように、また白衣が蒼狗に変わるように、移り変わりが激しく定まらないことを喩えた表現です。転じて、人生や世相の無常さ、はかなさを詠う際に用いられます。
長い年月を経たことで、古びた色合いや趣が感じられ、落ち着いた風格を漂わせている様子を表す。主に建物や美術品など、歴史を感じさせる事物の外観や雰囲気を形容する際に用いられる。