山吹はバラ科の落葉低木で、山地に自生し、春に鮮やかな黄色の五弁花を咲かせる。その花の色から転じて、山吹色とは黄金色を指すようになり、さらに黄金や金貨、大判・小判を意味するようになった。また、「款冬」と書く表記もある。
管楽器を演奏すること。特に、笛やトランペットなどの楽器を口で吹いて音を出す演奏行為を指す。
吹鳴とは、楽器を吹いて音を出すこと、あるいは汽笛やサイレンなどを大きく鳴り響かせることを指す。
息を吹き出すこと、またその息を指す。呼吸そのものや、吐く息の意味で用いられる。転じて、生命の躍動感や活気に満ちた雰囲気、自然が発する生命力を感じさせる様子を表すこともある。「気吹」と表記する場合もある。
能力が不足しているにもかかわらず、そのような能力があるかのように見せかけ、実力に見合わない高い地位に居座ることを指す。故事「濫竽充数」に由来し、本来は竽という楽器を上手に吹けない者が、合奏の中に混じって数を埋めていたことに基づく。
鍛冶屋などが火を起こしたり強めたりする際に用いる送風器で、箱の中のピストンを手や足で動かして空気を送る装置を指す。「ふいごう」とも呼ばれ、「鞴」の字でも表記される。
吹聴とは、根拠のない噂や自慢話などを、あちこちで言い広めることを指します。
ヒノキ科の常緑小高木で、山地に自生する。生け垣や盆栽に用いられ、多くの品種がある。材は柔らかく加工しやすいため、鉛筆や器具材などに広く利用される。別名をビャクシンという。
吹螺はフジツガイ科に属する巻貝の一種で、法螺貝とも呼ばれる。その貝殻は古来より楽器や合図の道具として用いられてきた。
地上に積もった雪が強風によって舞い上げられ、視界を遮るほど激しく吹き荒れる現象を指す。冬季に多く見られる気象状態で、吹雪と同義である。
気吹戸とは、神道において神が人々の罪や穢れを吹き払い清める場所を指す語である。
アワフキムシ科に属する昆虫の総称で、成虫は体長五から十五ミリメートルほどでセミに似た形態をしている。幼虫は草木の葉や枝に白い泡状の分泌物を作り、その中に身を潜めて植物の汁液を吸いながら成長する。
実力がない者が、実力があるかのように装って、みだりに高い地位にいることのたとえ。中国斉の王が三百人の楽士による竽の合奏を好んだとき、南郭という男は笛が下手ながら楽士の列に紛れ込み、高給を得ていた。次の王が独奏を好むようになると、南郭は逃げ去ったという『韓非子』の故事に由来する。
「懲羹吹膾」は、熱い羹(あつもの)でやけどをした経験から、冷たい膾(なます)でも吹いて冷ましてから食べるようになるという意味で、過去に嫌な経験をしたために必要以上に用心深くなり、臆病になることをたとえた故事成語です。
吹毛求疵とは、毛を吹いて疵を求めるという意味から転じて、些細な欠点や過ちをことさら探し出して責め立てることを指す。物事の本質よりも細部の欠陥にこだわり、厳しく非難する態度を表す。
「吹影鏤塵」は、『関尹子』に由来する四字熟語で、影に息を吹きかけたり塵を彫刻しようとしたりするように、実体のないものに手を加えようとしても無駄であることを意味します。転じて、無意味な努力や、現実味のない空論にふけることを喩える表現として用いられます。
詩腸鼓吹とは、詩作の霊感をかき立てるような風雅な物事を指す。『世説新語』に由来し、蛙の声を聞いて詩興を催す様子を表した故事から、文人の詩情を刺激する風流な情景や事物を意味するようになった。
「呉市吹簫」は、中国の史書『史記』「范雎伝」に由来する四字熟語で、貧困に苦しみながらも街頭で簫を吹いて生計を立てる様子を表します。転じて、困窮しながらも才知や技芸によって糊口をしのぐ境遇を指し、特に不遇な状況下で生計を立てることを意味します。