鶴駕とは、皇太子の乗り物を指す語である。また、仙人が乗る車や白鶴に乗って飛翔する様子をも表し、これは中国の『列仙伝』に記される周の霊王の太子・晋が仙人となり、白鶴に乗って去ったという故事に由来する。
身分の高い方や目上の方が訪ねて来られることを、敬意を込めて言い表す語。お出でになること、お越しになることを丁重に表現したものである。
車駕とは、車輪を有する乗り物全般を指す語である。特に、天子が行幸の際に用いる御車を意味し、転じて天子そのものを指す尊称としても用いられる。
枉駕とは、相手が乗り物の進路をわざわざ変えてまで訪ねて来てくれることを敬って言う語で、主に目上の人や客人の来訪に対して用いられる。
凌駕とは、他者をしのぎ、その上に出ることを指す。例えば、総合力において相手を凌駕するといったように用いられ、優越する状況を表す。表記としては「陵駕」と書くこともある。
竜駕とは天子が乗る車のことで、竜車とも呼ばれる。天子の威厳を象徴する乗り物として用いられ、「リョウガ」と読む場合もある。
他よりも優れた位置に立ち、それを上回ることを指す。先行するものや他者を圧倒し、より高い水準に達する様子を表す。
駕籠とは、竹や木などで作られた箱形の乗り物で、左右に通した棒を前後の担ぎ手が肩に担いで人を運ぶ、日本古来の乗り物を指す。
「枉駕来臨」は、相手がわざわざ出向いて訪ねてきてくれることを敬って言う表現である。特に目上の人や客人を迎える際に用いられ、その来訪をありがたく思う気持ちと敬意を込めた四字熟語である。
「泛駕之馬」は、御者の手に従わず、思いのままに走る手綱の利かない馬を指す。転じて、権威や束縛に服さず、自らの才知や気性を貫く非凡な人材を喩える表現である。『漢書』武帝紀に由来する四字熟語で、常軌を逸するがゆえに却って優れた能力を発揮する者をいう。
「並駆斉駕」は、馬車を並べて走らせるように、複数のものが肩を並べて優劣の差なく進むことを意味する。特に学問や技芸の分野において、二人以上の人物が互角の実力で競い合う様子を表す際に用いられる。
並駕斉駆とは、馬を並べて一斉に駆けることを意味する。ここから転じて、複数の物事が優劣の差なく肩を並べて進むこと、あるいは互いに遜色なく競い合う様子を指す。出典は中国の古典『文心雕龍』にある。
駑馬十駕とは、才能に恵まれない者でも、たゆまぬ努力を重ねることで優れた者に追いつくことができるという教えを表す四字熟語である。『荀子』「脩身篇」に由来し、鈍い馬でも十日かけて走れば一日で千里を走る駿馬の行程に及ぶという故事に基づいている。
千里命駕とは、遠方にいる友人を訪ねるために、わざわざ車を走らせることを意味する。『晋書』の故事に由来し、親しい人との再会を喜び、距離をものともせずに会いに行く心情を表す。
乗輿車駕とは、天子の乗る車を指す四字熟語である。後漢の蔡邕による『独断』に「上」の項目で用いられており、皇帝の御料車、すなわちその威厳と地位を象徴する乗り物を意味する。