江戸幕府における最高職の一つで、老中の上位に位置し、将軍を補佐するために必要に応じて任命された。
古老とは、年齢を重ねた人、特に長年の経験と知識を蓄えた老人を指す。地域の歴史や伝統に精通している者をいうことも多く、郷土史の調査などで貴重な情報源となる。表記は「故老」と書く場合もある。
老次とは、人生のうちで年齢を重ねた時期を指し、老境に至るまでの成熟した段階を表す。
老女(おうな)とは、高齢の女性を指す語である。老媼(ろうおう)とも言い、同じ漢字で「ろうじょ」と読む場合もある。
先祖代々にわたって同じ商売を営み、長い歴史の中で培われた信用と伝統を有する店舗を指す。
老成(ひね)とは、物事が古くなることや、古びた状態を指す。また、年齢よりも大人びて見える様子や、考え方や態度が成熟していることを表すこともある。例えば、古くなった生姜を「ひねしょうが」と呼ぶように、時間を経て風味や性質が変化したものを形容する際にも用いられる。なお、「ろうせい」と読む場合もある。
長年の経験を積み、物事の扱いに熟達し巧みであるさまを指す。特に技芸や仕事において、豊富な経験からくる円熟した腕前や、深い知恵と安定した技量を備えている状態を表す。
老いた体、特に長年の労苦を経た身体を指す。自嘲や謙遜の意を込めて用いられることも多く、例えば「老骨に鞭打つ」のように、高齢でありながら無理をして何かに取り組む様を表す表現で使われる。
老いた男性を指す語で、特に高齢の男性を敬って言う表現である。物語や昔話の中で、知恵や経験を備えた老人として描かれることが多い。
年老いてなお生き残っていること。特に、長い年月を経てなお存命している人や、時代の変遷を生き延びた者を指す。
長年の経験を積み、その分野において十分に熟達し円熟の域に達している様子を指す。
年を重ねた未婚の女性を指す語で、特に結婚の機会を逃したと見なされる場合に用いられる。
老いてからの時期を指し、人生の後半に差し掛かってからの状態や、年齢を重ねてからの経過を表す。
老いた男性が自身を謙遜して指す語。主に文章語や改まった場面で用いられる表現である。
老成とは、年齢の割に言動や態度が大人びており、落ち着きがある様子を指す。また、長年の経験や修練を積むことで、技芸や人格が円熟し深みを帯びることをも意味する。
長年の経験を積み、物事の扱いに熟達しており、円滑かつ巧みに対処できる様子を指す。
老体とは、高齢に達した人の身体や様子を指す言葉である。また、敬意を込めて老人そのものを呼ぶ場合にも用いられる。
老廃とは、年を経るなどして古くなり、もはや用をなさなくなった状態を指す。特に生物の新陳代謝によって生じ、体外に排出される不要な物質を「老廃物」と称する。
老僕とは、長年にわたり主人に仕えてきた年配の男性の使用人を指す。主に武家や旧家において、経験豊かで忠実な奉公人として描かれることが多い。
初老とは、老年の域に入り始める年頃を指す。かつては四十歳を迎えることを意味する別称としても用いられた。
長老とは、年齢を重ねた人を指し、特に特定の分野において豊富な経験を有する先達を意味する。また、仏教においては高徳の僧侶や寺院の住職、先輩の僧を表し、キリスト教では教会を指導する役職者の呼称として用いられる。
故老とは、年齢を重ねた老人を指す語である。特に、長年の経験を積み、古い時代の事情や伝承に通じた老成の人物をいう。表記は「古老」とも書かれる。
エビ科の甲殻類の総称で、海や川に生息する。体は殻に覆われ、十本の足と四本の触角を持つ。食用とされる。その姿が腰の曲がった長いひげの老人に似ていることから「海老」の字が当てられ、「蝦」「鰕」「蛯」とも書く。
ヤマノイモ科のつる性多年草で、山野に自生する。葉はハート形をしており、夏に黄緑色の小花を穂状につける。根茎には多数のひげがあり、苦味を除けば食用となる。そのひげを老人のひげに見立てたことが「野老」の名の由来である。
老人を敬い、その福祉を大切にすること。長年にわたる経験と知恵を持つ高齢者を尊重し、社会全体で支え合う姿勢を指す。
養老とは、高齢者を敬い大切に扱うことを指す。また、老後の生活を安らかに過ごすという意味もあり、例えば年金を受給して余生を送るような状況を表す際にも用いられる。
老麺は、中国に由来する麺料理の一種で、味付けされたスープに茹でた麺を入れ、上に様々な具材を載せたものを指す。中華そばとも呼ばれ、漢字では「拉麺」と表記されることもある。
老酒は中国で醸造される酒の総称であり、主に糯米や粟、黍などを原料として作られる。長期間貯蔵することで風味が熟成し、より芳醇になるという特徴からこの名が付けられた。中国語に由来する語である。
老杉とは、長い年月を生きてきた杉の木を指す。樹齢が非常に高く、その幹や枝には悠久の時が刻まれた、風格ある姿をしている。
老いた駿馬を指す語であり、転じて年を重ねてもなお優れた能力や志を失わない人物を喩える表現として用いられる。
老いた女性を指す語。特に高齢に達した婦人をいう。古風な表現であり、現代では文学作品などで用いられることが多い。
老鶯とは、年を経た鶯のことで、特に春の訪れを告げる鳴き声に長けた古鶯を指す。
長年の経験によって世の中の事情に精通し、ずる賢く立ち回る様子を指す。
老衲とは、年老いた僧侶を指す語である。また、そのような僧侶が自らを謙遜して呼ぶ自称としても用いられる。「衲」は僧侶の衣を意味することに由来する。
老耄とは、高齢により心身の機能が衰え、物事の判断や理解が鈍る状態を指す。また、そのような状態にある老人そのものを意味することもある。漢字の「耄」は八十歳あるいは九十歳の老人を表す字であり、長寿であるがゆえに生じる衰えの様子を含意している。なお、「ろうぼう」と読む場合もある。
老爺とは、高齢に達した男性を指す語である。特に、長い年月を経て人生の経験を積んだ年配の男性を、幾分か尊びを含んだ表現で呼ぶ際に用いられる。老翁と同義であるが、やや古風な響きを持つ。
老人を指す語であり、特に高齢で徳望のある人を意味する。漢字の「耆」は六十歳、「老」は七十歳を表すことから、長寿で経験豊かな人物を尊んで用いられる表現である。
ユリ科の多年草で、山野に自生する。葉は笹の葉に似た形をしており、初夏には白色の細長い釣鐘形の花を垂れ下げて咲かせる。その名は、根茎に甘みがあり、またトコロ(野老)に似ていることに由来する。
老措大とは、年を重ねた学者や書生を指す語である。また、自らを謙遜して用いる場合もある。
老婆心とは、相手を思うあまりに必要以上に世話を焼いたり、細かい点まで注意をしたりする親切心を指す。特に経験を積んだ年長者が、若い者に対して過剰な気遣いを示す様子を表し、時に「余計なお世話」という含みを持つ。
寿老人は七福神の一人であり、長寿と福徳を司る神として信仰されている。その姿は長頭に白髭をたくわえ、杖と団扇を持ち、しばしば鹿を従えている。長寿の象徴として、特に延命や健康を願う人々から尊ばれている。
走野老はナス科の多年草で、山中の湿地に自生する。春に暗紅紫色の釣鐘形の花を咲かせる。根が野老(トコロ)に似て太く、誤食すると走り回るような苦しみを生じることからこの名がある。全草に毒性を持つ。別表記として「虎茄」とも書く。
「老頭児」は中国語に由来する語で、日本語では「ロートル」と読む。主に高齢の男性を指し、やや軽く、あるいは親しみを込めて用いられることが多い。老人や年寄りを意味するが、文脈によっては揶揄やからかいのニュアンスを含む場合もある。
老鴉瓜はウリ科に属するつる性の多年草で、漢名に由来する名称である。別名として王瓜とも呼ばれる。
老海鼠は、原索動物に属するホヤ類の総称を指す語である。海鞘とも呼ばれ、海中に生息する被嚢動物の一群を表す。
偕老同穴は、夫婦が共に白髪の生えるまで添い遂げ、同じ墓に葬られることを意味する四字熟語である。夫婦の仲が睦まじく、生涯を通じて幸せな結婚生活を送る理想を表し、『詩経』に由来する。ここで「偕」は共に、「穴」は墓を指す。
老人も若者もいつ死ぬか定かではないという意味で、人の寿命が予測できないはかなさを表す四字熟語。死期は老若を問わず不確かであり、命の儚さと定め難さを喩えた表現である。
老馬之智とは、道に迷った際に老いた馬に従えば正しい道にたどり着くという故事に由来し、経験を積んだ者は物事の道理をよくわきまえているというたとえである。
老婆心切とは、老婆のように必要以上に心配し、細かいことまで世話を焼きたがる気持ちを表す。転じて、余計な世話や過剰な親切を指すこともある。
老生常譚とは、年老いた学者が繰り返し述べるような、ありふれた内容の話や議論を指す。『三国志』「魏志・管輅伝」に由来し、新奇さに欠け、聞き飽きた陳腐な意見や説を意味する。