早晩は、遅かれ早かれいつかはそうなる時が来ることを表し、物事の成り行きを予測する際に用いられる。また、時間の早さと遅さを指すこともあり、さらに朝と晩、すなわち朝夕を意味する場合もある。
晩稲は、通常の稲よりも成熟期が遅い品種を指す。秋に収穫されることから「秋稲」とも呼ばれ、対義語は早稲(わせ)である。表記としては「奥手」と書くこともあり、また「バントウ」と読む場合もある。
夕方の風景や、日が暮れかけたころの様子を指す。また、そのような時間帯の趣や雰囲気を表すこともある。
晩秋とは秋の終わりごろを指す言葉で、季節の移り変わりの中で冬の訪れを感じさせる時期を表す。陰暦では九月の異称としても用いられ、紅葉の盛りを過ぎて木々の葉が散り始める頃の趣深い季節感を包含している。暮秋とほぼ同義で用いられることもある。
晩春とは、春の終わりごろの時期を指す。陰暦では三月にあたり、春の気配が次第に薄れ、夏の訪れを感じさせる季節の移り変わりを表す。
夕暮れ時に差し込む太陽の光、あるいは夕日に照らされてできる影を指す。一日の終わりを告げる穏やかな光景を表す語である。
夕暮れ時に寺院や教会で鳴らされる鐘のこと。一日の終わりを告げるもので、入相の鐘とも呼ばれる。静寂に包まれた黄昏に響き渡るその音色は、人々に安らぎや物思いを誘う。対義語は暁鐘である。
晩生は、作物の成熟時期が遅い品種を指す「晩生(おくて)」と同義で、早生(わせ)に対比される。また、先輩に対して自分を謙遜して呼ぶ際に用いられ、後から生まれた者という意味を表す。
通常よりも遅く出来上がること。特に、人間が年を経てから大成したり、成功を収めたりすることを指す。
人の一生のうち、老年に差し掛かった時期を指す。特に、人生の終盤を迎え、老境に入ってからの年月をいう。この時期の生活や心境、あるいはその時期に成し遂げられた作品などを形容する際に用いられる。
歳晩とは、一年の終わりの時期を指す語であり、歳末と同義である。主に詩歌や文章において、年末の風情や時の移ろいを表現する際に用いられる。
晩霜は晩春の頃、特に四月から五月にかけて降りる霜を指す。この時期に降りる霜は、桑や野菜などの若い芽や葉に霜害をもたらすことがある。「遅霜」とも表記され、「バンソウ」と読まれることもある。
夕方の食事を指し、特に格式ばった雰囲気で供される豪華な夕食を意味する。漢字の「餐」はごちそうの意を含み、日常の夕食よりも改まった食事の場を連想させる語である。
晩翠とは、冬の季節に入ってもなお青々とした緑を保つ草木の様子を指し、またそのような草木そのものを表す語である。
寒花晩節とは、冬に咲く花が寒さの中でも香り高く咲き続ける様子から、人が年老いてもなお、節操や志を失わずに誠実な生き方を貫くことをたとえた四字熟語である。『宋名臣言行録』に典拠を持つ。
大器晩成とは、真に優れた人物は大成するまでに長い時間を要するという意味である。『老子』に由来する四字熟語で、すぐれた才能は早くから目立つものではなく、歳月を経て初めてその真価が発揮されることを表す。
大きな器は完成までに時間をかけるものであり、真に優れた人物は若い頃は目立たずとも、長い年月をかけて才能を養い、やがて大成することを意味する。『老子』に由来し、不遇な時期にある有能な者を励ます言葉としても用いられる。
「黄花晩節」は、歳末に咲く菊の花のように、高潔な人物が老年に至っても志操を堅く守り、節義を失わないことをたとえた四字熟語である。宋代の韓琦の詩「九日水閣」に由来し、晩年にあっても清らかで力強い生き方を称える表現として用いられる。