価値が高く重要であることを表し、丁寧に扱うべき対象や事柄に対して用いられる。また、そのような対象を丁重に扱う様子や、心を込めて扱う態度を指すこともある。
切符とは、金銭の支払いを証明する紙片で、主に交通機関の乗車や施設への入場に用いられる。また、物品の受け取りや配給の際の引換券としての役割も果たす。転じて、競技会やイベントなどへの参加資格や権利を指すこともある。
切切とは、心の奥底から込み上げるような強い感情を表す。胸が締め付けられるような切実な思いや、相手の心に深く響くほど真摯な態度で物事を行う様子を指す。
山の尾根が深く切り込まれてV字形の窪みを成し、周囲より低くなった地形を指す。
切迫とは、期限や時機が目前に迫っている状態を指す。また、物事が今にも起こりそうな緊張感に満ちた状況を表し、緊迫した空気や差し迫った事態に用いられる。
切腹とは、自ら腹部を切り裂いて命を絶つ行為を指す。武士の自決の作法として知られ、江戸時代には武士に対する死刑の一形式としても用いられ、斬首に比べて名誉を保つ処刑方法とされた。
切望とは、心の底から強く望み、それが実現することを待ち焦がれる心情を表す。物事の成就や状況の好転などに対し、強い願望を抱くことを指す。
切願とは、心の底から強く願い望むことを指す。切なる思いを込めて何かを強く望む様子を表し、切望や懇願に近い意味を持つ。例えば、物事の実現や成就に対して深い願いを抱く場合に用いられる。
切言とは、相手に対して心を込めて諭すように説得したり忠告したりすることを指し、またその言葉そのものを指す場合もある。あるいは、厳しい口調で言い聞かせること、およびその発言を意味する。
切実とは、自分にとって深く関わりがあり、軽視できない事柄を指す。また、心に強く感じて忘れられないほど痛切な様子を表す。
「合切」とは、ある範囲内のものごとを残らず含むさまを表し、すべて、なにもかもという意味である。例えば「一切合切運び出す」のように用いられ、全体を網羅する様子を強調する。また「合切袋」は、身の回りの品を何でも入れられる袋を指す。
深く心にしみるような悲しみや痛みを感じさせるさま。また、そのような感情を強く引き起こす様子を表す。
指切は紅藻類テングサ科に属する海藻で、房総半島から九州にかけての浅海の岩上に生育する。茎は不規則に二又に分かれる特徴を持ち、テングサに混ぜて寒天の原料とされる。別名をトリノアシともいう。
悲しみが深く心に染み入り、身にしむように感じられる様子。また、もの寂しく、切ない情感が漂うさまを表す。
身にしみるほど強く感じるさま。心の奥底まで深く響き、切実な思いを抱く状態を表す。
緊切とは、物事が差し迫って重大な状態にあることを指す。また、物と物とが密着して隙間のない様子を表すこともある。
心を込めて細やかな配慮を行い、相手に対して親身になって接する様子を表す。説明や指導などが丁寧で行き届いているさまを指す。
切麻は、麻や紙、榊の葉などを細かく切り刻み、米と混ぜ合わせて撒き散らすものである。神事において神前を清めるために用いられる祓具の一種であり、小幣とも呼ばれる。
擂り鉢の内側などに付着したものを掻き出すための道具で、しゃもじを縦に半分に切ったような形状をしている。不可能なことの喩えとして「切匙で腹を切る」という表現がある。
半分に切断することを指し、またそのようにして分けられたものをも意味する。特に文書や書状を二つ折りにする「半折」と同じ用法で用いられることもある。
物事がぴったりと合っている様子を指し、適切であることを意味する。本来は地面すれすれに草を刈る意から転じて、道理や状況にきわめて適合しているさまを表す。
一語一語を明確に区切りながら発話する、形式ばって堅苦しい話し方。また、無愛想で突き放したような口調を指す。
切支丹とは、室町時代末期に日本へ伝来したカトリック系キリスト教、およびその信徒を指す語である。当初は「吉利支丹」と表記されたが、江戸幕府の将軍徳川綱吉の時代以降、「吉」の字を避けて「切支丹」の字が当てられるようになった。
一節切は、かつて用いられた尺八の一種であり、その名は製作時に竹の節を一つだけ残したことに由来する。
オトギリソウ科の多年草で、山野に自生する。夏から秋にかけて黄色い五弁花を咲かせ、花や葉には黒い斑点が見られる。葉をもみ潰して傷薬に用いる。その名は、鷹匠が秘薬を漏らした弟を斬り殺した際、飛び散った血が草についたという伝説に由来し、「小連翹」とも書く。
切山椒は、白米を粉にしたものに砂糖を加え、山椒の風味を付けて蒸し、搗いた後に細長く切って作る餅菓子の一種で、主に新年の時期に食される。
一切即一とは、華厳思想に基づく四字熟語で、一つのものの中にすべてのものが含まれ、すべてのものが一つのものに帰するという相互依存・相互融即の道理を表す。個々の事象と宇宙全体が切り離せず、相互に反映し合い一体をなしているという世界観を示し、物事の本質を捉えるための観念として用いられる。
切磋琢磨とは、友人や同僚が互いに励まし合い、競い合いながら、学問や技芸、人格などを磨き上げていくことを意味する四字熟語である。その由来は『詩経』にあり、もとは玉や石を切ったり磨いたりして精巧な器物に仕上げる工程を指す言葉で、そこから人間の修養や研鑽の過程に転じた。
切問近思とは、未知の事柄を身近な問題として捉え、熱心に問い詰めながら思索を深めることを意味する四字熟語である。『論語』子張篇に由来し、「切に問いて近く思う」と訓読される。ここで「切問」は切実な態度で問うことを指し、身近な事象から出発して真理を探究する学問の姿勢を表している。