不義とは、道徳や人倫に反する行為を指す。特に、社会規範や義理から外れた行いを意味し、不正や非道を働くことを表す。また、男女間において倫理に背いた関係を持つこと、すなわち不倫の密通を指す場合もある。
概念や言葉の意味内容を明確に規定し、その範囲を限定する行為を指す。また、そのようにして明確にされた内容そのものを指すこともある。
信義とは、人として守るべき誠実さと道義を指し、約束を忠実に果たし、他者に対する責任を誠実に全うする姿勢を表す。社会における信頼関係の基盤となる規範であり、これを損なう行為は「信義にもとる」と表現される。
律義とは、実直で義理堅く、約束や義務を誠実に守る様子を指す。堅実で真面目な性格を表し、特に人との約束を必ず果たすような誠実さを特徴とする。
異義とは、同じ語形や音を持つ語が、他と異なる意味を持つことを指す。また、意味が互いに異なる状態を表し、例えば「同音異義語」のように用いられる。対義語は「同義」である。
意義とは、言葉が指し示す内容や概念を指し、また物事が持つ重要性や価値を表す。例えば、言葉の本来の意味を探る場合や、価値ある仕事に取り組む際に用いられる。
節義とは、節操と道義を重んじ、人として守るべき正しい道を貫き通すことを指す。
正義を重んじる人を指すとともに、特に江戸時代の赤穂事件において主君の仇を討った四十七士を指して「赤穂義士」と呼ぶことから、その略称としても用いられる。
事故や病気などで失われた四肢の代わりに装着する人工の手足の総称であり、義手や義足などを指す。
義理とは、人として守るべき道理や正しい筋道を指す。また、社会や人間関係において立場上果たすべき務めや、血縁ではないがそれに準じる親密な関係を表すこともある。
疑わしい点や不確かな事柄を指し、内容が明確でないために判断に迷うような場合に用いられる。また、そのような問題点そのものを指すこともある。
精義とは、物事の本質を深く掘り下げて明らかにした意義や解釈を指す。また、そのような詳しい説明を行う講義や、事柄を細部にわたって説き明かす行為そのものも意味する。
談義とは、互いに意見を交わし合うことを指し、特に自由な議論を意味する。また、物事の道理を説き聞かせることや、説法・説教を表す場合もある。
学問や書物の内容について、その意味を解き明かし説明すること。特に、大学などの教育機関において教員が学生に対して行う授業、またはその内容を指す。
語句や概念の本来の意味を拡張し、より詳細に解釈を加えることを指す。また、そのようにして導き出された新たな解釈や説明そのものを意味する場合もある。
左義長は、小正月を中心に行われる火祭りの行事である。宮中では厄除けの儀礼として行われ、民間では門松や注連飾り、書き初めなどを集めて焼く習わしがあり、どんど焼きやどんどとも呼ばれる。表記は「三毬杖」とも書く。
左義長(さぎちょう)の別称で、小正月に行われる火祭りの行事を指す。正月の飾り物などを集めて焼き、その炎や煙で新年の無病息災や五穀豊穣を祈る習わしである。
ヨーロッパ北西部に位置する立憲君主国であり、北海に面し、オランダとフランスに隣接している。首都はブリュッセルである。
同義語とは、互いに異なる語形を持ちながら、ほぼ同一の意味内容を表す語の関係を指す。例えば「討論」と「討議」のように、表現の違いはあれど、概念の核心を同じくする語同士をいう。対義語(反義語)と対照される概念である。
長談義とは、必要以上に長く続く話や、くどくどと長々と述べ立てることを指す。内容が冗長で、聞き手を退屈させたり、うんざりさせたりするような話しぶりや、その話そのものを意味する。
義兄弟とは、血縁関係はないものの兄弟としての契りを結んだ間柄を指す。また、配偶者の兄弟や、自身の姉妹の夫を指す場合にも用いられる。
人の道に外れていること、あるいは情け容赦なく冷酷なさまを指す。非道や不人情と同義で、例えば「没義道に離縁した」のように用いられる。語源については「無義道」が転じたものとする説がある。
義太夫とは、江戸時代前期に竹本義太夫が創始した浄瑠璃の一流派を指す。古浄瑠璃を基盤としつつ、当時の様々な音曲の長所を取り入れて大成されたもので、後に「義太夫節」と呼ばれるようになった。単に「義太夫」と言う場合、この曲節そのもの、またはそれを語る人(太夫)を意味することもある。
つまらない前例や比喩を引き合いに出すことで、物事の本来の意義や正しい道理を見失ってしまうことを意味する。悪しき先例に倣って正道から外れるという意味合いでも用いられる。
恩を受けたことを忘れ、その恩義に背くことを意味する四字熟語。「負」は背く、裏切る意を含み、一般に「恩を忘れ義に負く」と訓読される。
非義非道とは、道理に外れていること、あるいは人としての道義に反する行為を指す。特に、人として守るべき倫理や規範を無視した、極めて不当な行いを意味する。
「微言大義」とは、簡潔で一見さりげない言葉の中に、深遠な道理や重要な意義が込められていることを指す四字熟語である。その由来は、孔子の含蓄に富む言葉や、彼が筆削したと伝えられる『春秋』の記述法を評したものとされる。微妙な表現を通じて核心を伝える、奥行きのある言語表現のあり方を示す語である。
「背信棄義」は、信頼を裏切り、道義を捨て去ることを意味する四字熟語である。人として守るべき誠実さや道理を顧みず、約束や信義に背く行為を指す。『北史』に典拠を持つ漢語由来の表現で、「信に背き義を棄つ」と訓読される。
桃園結義は、中国の小説『三国志演義』に由来する四字熟語である。劉備、関羽、張飛の三人が張飛の屋敷の桃園で義兄弟の契りを結んだ故事を指し、後に堅固な結束を誓い、力を合わせて事に当たることを意味するようになった。「桃園に義を結ぶ」と訓読される。
忠義を尽くすことに勇気があり、正義を貫く心が激しく燃え立つさまを表す。主君や信念に対して揺るぎない忠誠を示しながら、いざという時には勇猛果敢に行動し、義のために一身を賭す烈しい気性を併せ持っていることを意味する。
忠魂義胆とは、忠義に篤く正義を重んじる堅固な精神を指す四字熟語である。忠魂は主君や国に対する忠誠心を貫く心根を、義胆は義を尊び正しい道を守る胆力を表し、両者が結びついて揺るぎない節義の境地を言い表す。滝沢馬琴の『八犬士伝』序文にも見られる表現である。