自負とは、自らの能力や業績に対して確かな自信を持ち、それを誇りとする心のありようを指す。他者からの評価を待たず、自らが自らの価値を認め、内面に抱く矜持の感情を表す。
将来に向けて心に抱いている大きな計画や目標、またそれを成し遂げようとする強い意志を指す。特に、新年や新たな節目などに掲げられることが多い。
負債とは、金銭や物品を他者から借り入れること、あるいはその借り入れた金銭そのものを指す。特に、返済義務を伴う金銭上の債務を意味し、個人や企業の財政状態において資産に対する対概念として用いられる。
負託とは、ある事柄や責任を他者に引き受けさせて任せることを指す。特に重要な任務や信頼を伴う事柄を託す場合に用いられる表現である。
負荷とは、荷物を背負うことを指し、転じて責任を引き受ける意味を持つ。また、機械や装置が実際に稼働する際にかかる仕事量や、システムに課される要求の程度を表す場合にも用いられる。
勝負とは、勝ち負けの結果そのものを指すとともに、勝敗を決する行為や局面をも意味する。勝敗と同義で用いられる一方、対戦や競争を通じて優劣を決するという行為そのもの、あるいはそのような重要な局面を表すことも多い。
誇負とは、自らの行いや考えを誇りとし、それを自慢する気持ちを指す。特に、他者の意見に左右されずに独自の主張を貫いたことに対して、満足や得意さを抱く様子を表す。
書物を入れた笈(おい)と呼ばれる竹製の背負い籠を背負うことを指す。これが転じて、特に書物を携えて遠方へ学問を修めに行く、すなわち遊学することを意味するようになった。古典『抱朴子』などに見られる表現である。
自分の過ちを深く詫び、自ら荊の鞭を背負って処罰を請うことから転じて、心から過ちを認めて謝罪することを意味する。
靫負とは、古代の宮廷警護にあたった武力集団を指し、矢を収める靫(ゆぎ)を背負っていたことに由来する。後に衛門府やその武官の別称としても用いられ、「靫負ひ」が転じた語とされる。
背負子は、荷物を背負う際に背中に当てる木製の長方形の枠を指す。背負梯子とも呼ばれ、背負籠のように紐を取り付けて使用する。
「伊尹負鼎」は、古代中国の殷の時代に、伊尹が湯王に仕えるために料理人として仕え、その才能を認められて宰相にまで登りつめ、国政を担ったという故事に基づく四字熟語である。『史記』「殷本紀」などに典拠があり、才能ある者が身分の低い立場からでも君主に認められ、重要な役割を果たすことの喩えとして用いられる。
恩を受けたことを忘れ、その恩義に背くことを意味する四字熟語である。「負」は背く、裏切る意を表し、一般に「恩を忘れ義に負く」と訓読される。
「負薪之病」とは、薪を背負うほどの軽い労役にも耐えられないほどの重い病にかかっていることを意味する。転じて、自身の病をへりくだって言う表現として用いられる。
「負薪之憂」は、自分自身の病気をへりくだって言う表現である。文字通りには「薪を背負うことによる心労」を意味し、『礼記』曲礼篇に由来する。薪を背負うような重労働の疲れから病にかかる、あるいは病のために薪を背負えなくなる状態を指し、転じて自身の病気を控えめに述べる際に用いられる。
薪を背負い水を汲むことを意味し、山林や原野で質素に暮らす隠遁生活の様子を表す。
『史記』「廉頗藺相如伝」に由来する四字熟語で、上半身の衣服を脱ぎ、荊の鞭を背負って謝罪する様子を表す。自らの過ちを深く認め、心から相手に詫びを入れることのたとえとして用いられる。
真剣勝負とは、本物の刀剣を用いて行う勝負事を指す。そこから転じて、単なる遊びや練習ではなく、本気で勝敗を争うこと、あるいは命がけで物事に取り組むことを意味する。