忠誠を貫く心のありよう、また忠義に殉じた者の霊を指す語。主君や国家に対する深い忠義の精神そのものを表すとともに、その忠義を全うして命を落とした者の魂を称えて用いられる。
招魂とは、肉体から離れた霊魂を呼び戻し、鎮め祀る儀礼を指す。特に死者の霊を招き、慰め祭る行為やその儀式を意味する。
商売を成功させるために必要な、商人としての強い意志や気概を指す。利益追求や事業拡大に対する執念や覚悟を表し、時に賞賛の意を込めて用いられる。
精魂とは、人間の精神の根源をなす魂そのものを指し、またある物事に全身全霊を打ち込む際の心の働きや気力を意味する。
魂胆とは、主に隠された意図や計画を指し、特に悪意のある企てや策略を意味する。また、物事の背後にある複雑な事情や込み入った事情を表す場合もある。
鎮魂とは、死者の魂を慰め、その霊を鎮めることを指す。特に、陰暦十一月の寅の日に行われる宮中儀式「鎮魂の祭り」を略した呼称としても用いられ、天皇や皇后の魂を鎮めて長久を祈る行事を意味する。
闘魂とは、困難に直面しても決して屈することなく、最後まで戦い抜こうとする強い精神を指す。特にスポーツや競技の分野において、勝利を目指して奮闘する気力や闘争心を表し、不屈の意志と燃えるような意気込みを内包する概念である。
入魂とは、人と人との間で親密に交わり、心の通い合う様子を指す。互いに打ち解けて懇ろに付き合う関係を表し、「昵懇」とも書く。読みは「ジッコン」であり、「ニュウコン」と読む場合は別の意味となる。
夜間に青白く光り、尾を引くように空中を漂う燐火を指す。古くは死者の魂が飛び回るものと信じられていた。
蜀魂はホトトギスの異称であり、中国の故事に由来する。古代蜀の望帝の魂がホトトギスに化したという伝説に基づき、この名が生まれた。漢名の「蜀魂」または「蜀魄」として知られ、杜鵑とも呼ばれる。
極度の悲しみや驚き、あるいは深い感動によって我を忘れ、魂が抜けたかのような状態になることを指す。また、ある物事に夢中になり、我を忘れる様子も表す。「消魂」とも書く。
反魂香とは、死者の魂を呼び戻すとされる香のことである。中国の故事に由来し、漢の武帝がこの香を焚いたところ、亡き夫人の姿が煙の中に現れたと伝えられる。死者に再会したいと願う時に用いられ、その煙の中に故人の面影が浮かび上がると信じられている。
倉稲魂は、五穀、特に稲の生育を司る神霊を指す。宇迦御魂や稲魂とも表記され、うかたまとも読まれる。
野球から生まれた四字熟語で、投手が一球一球に全精神を込めて投球する様子を表す。球に魂を込めるがごとく集中し、全力を傾けることを意味し、転じて物事に一心不乱に取り組む姿勢をも指す。
霊魂不滅とは、肉体が滅びた後も魂は永遠に存続し消滅しないという思想を表す四字熟語である。
忠魂義胆とは、忠義と正義を貫く揺るぎない精神を表す四字熟語である。忠義一筋の心である「忠魂」と、正義を重んじる胆力である「義胆」とを合わせ、主君や信念に対して誠実であり、かつ道理をわきまえた勇気ある態度を指す。
武士の精神と商人の才覚を併せ持つことを意味する四字熟語。実業家のあるべき姿として、高い倫理観と道徳心を保ちながら、商売における優れた才知や手腕を発揮することを指す。
魂飛魄散は、非常に驚き恐れる様子を表す四字熟語である。魂と魄はともに人の精神やたましいを意味し、それが飛び散るほどに強い衝撃を受けた状態を指す。