遠大な目標や理想を指し、人生において成し遂げたいと願う大きな心構えや抱負を意味する。
寸志とは、ほんのわずかな気持ち、あるいは心ばかりの贈り物を謙遜して言う表現である。自分の志や謝意、ねぎらいの気持ちをささやかな品物や金銭に託して贈る際に用いられる。
同じ志や主義を持つこと。また、そのような人々を指す。特に政治活動や社会運動において共通の目標を掲げる仲間を呼ぶ際に用いられる。
志学とは十五歳のことを指す異称で、『論語』の「吾十有五而志于学」に由来する。ここで孔子が十五歳で学問に志したという故事に基づき、この年齢を表す語として用いられるようになった。
自らの意思で進んで申し出ること。特に、特定の学校や職務、任務などに入ることを望み、その旨を関係する機関や組織に対して表明する行為を指す。
国家や民族のため、自らの命を顧みずに尽くそうとする崇高な志を持つ人物を指す。特に幕末から明治維新期にかけて、国事に奔走した人々をいうことが多い。
志操とは、固く守り通す揺るぎない信念や意志を指し、いかなる状況においても変わることなく持ち続ける心構えを意味する。
志望とは、将来そうなりたいと願うこと、あるいは特定の学校や職種などを自分の目標として選び定めることを指す。例えば、特定の大学への入学や職業への就職を目指す際に用いられる。
芳志とは、相手の心遣いや贈り物に対して敬意を込めて言い表す語である。特に目上の人からの厚意や贈り物を受けた際に用いられ、感謝の念を伴って表現される。
厚志とは、相手に対する深い思いやりや親切な心遣いを意味する。特に、目上の人から受ける温かい配慮や情けを指し、感謝の気持ちを伴って用いられることが多い。
素志とは、日頃から心に抱き続けている志望や願望のことを指す。長い間持ち続けてきた本来の意向であり、それを成し遂げようとする強い意志を含んでいる。
宿志とは、長年にわたり心に抱き続けてきた志望や目標を指す。
雄志とは、遠大な目標を成し遂げようとする強い意志や、高揚した意気込みを指す。特に、困難に立ち向かう勇気と決意を伴った、力強い心構えを意味する。
遠志とはヒメハギ科の多年草イトヒメハギの漢名であり、中国を原産とする植物である。その根は薬用として用いられる。
故人が生前に抱いていた願いや目標、またその実現を果たせずに残された思いを指す。後継者がその意志を受け継ぎ、実現を目指す場合に用いられる。
薄志とは、意志が弱く物事を成し遂げる気力に乏しいことを指す。また、謝礼や心付けをへりくだって言う場合にも用いられ、わずかばかりの気持ちとして贈る金品を意味する。
相手に打ち勝とうとする強い意気込みや、困難に立ち向かう気力を指す。競技や勝負事において発揮される戦う心構えを意味し、内に秘められた激しい気概を表すこともある。
夙志とは、若い頃から長年にわたり抱き続けてきた志望や願望を指す。
箕山之志とは、世俗の栄達を退けて隠遁し、自らの節操を守り通す心境を指す。古代中国、堯の時代に許由と巣父が箕山に隠れた故事に由来し、権力や名誉に染まらない清らかな生き方を表す四字熟語である。
「玩物喪志」は、珍奇な物や目先の楽しみに夢中になり、本来の大切な志や目標を見失ってしまうことを意味する四字熟語である。故事は『書経』にあり、周の召公が、他国からの珍しい贈り物に心を奪われて国政を怠る王を戒めたことに由来する。訓読では「物を玩べば、志を喪う」と読む。
凌霄之志とは、天をも凌ぐほど高い志や遠大な抱負を意味する四字熟語である。『漢書』揚雄伝に由来し、雲の上まで届かんとするような並外れた向上心や、常人の及ばない偉大な目標を指して用いられる。
臨池之志とは、書道の修練に励む強い決意を表す。池のほとりで書を学んだという王羲之の故事に由来し、書芸術に対する不断の研鑽と向上心を意味する。
俗世を超越して高遠な境地に至ろうとする大いなる志を指す。『漢書』揚雄伝に由来し、雲の上まで届かんとするような崇高な精神のあり方を表す。
親が子の志を尊重し、その才能や希望に沿った成長を支援することを通じて行う孝行を指す。『孟子』に見られる概念で、親の意向を押し付けるのではなく、子の個性や志向を大切に育む姿勢を重んじる。
冥冥之志とは、人知れずひたむきに努力しようとする心構えを指す。『荀子』に由来するこの語は、「冥冥」が暗闇を意味することから転じて、他人の目に触れない様子を表し、ひっそりと志を抱き続ける姿勢をいう。