価値や等級、程度などが互いに同じであることを指す。例えば、大卒と同等の資格を持つといったように、二つのものが同じ水準にあることを示す表現である。
均等とは、複数の物事の間に差がなく、すべてが同じ状態にあることを指す。分量や程度、機会などが平等に保たれている様子を表し、均一や同等と類似の意味を持つ。
対等とは、二つのものの間に優劣や上下の差がなく、互いに同等の立場や価値を持つことを指す。互角の関係や平等な状態を表し、双方が同じ条件や資格で向き合う様子をいう。
品等とは、物品の等級を指す言葉であり、品質の優劣や品位の高下によって区分される段階を意味する。
通常の等級区分を超えて特に優れたものとして設けられる段階を指し、例えば一等よりも上位に位置づけられる特別な等級を意味する。
等比とは、二つの比が互いに等しい関係を指す。数学においては、隣り合う項の比が常に一定である数列を等比数列と呼ぶ。
等温とは、温度が同一である状態を指す。特に気象学においては、天気図上で同じ気温を示す地点を結んだ線を等温線と呼び、気温の分布を把握するために用いられる。
等閑とは、物事を軽んじておろそかに扱う様子を指す。十分な注意を払わずにいい加減に済ませる態度や、真剣に取り組まないことを表す。社会問題や重要な事柄に対して用いられ、深刻な状況を軽視するようなニュアンスを含む。なお、「トウカン」と読む場合もある。
等価とは、二つ以上の物事の価値や価格が互いに等しい状態を指す。経済学や商業取引において、異なる商品やサービスが同じ価値を持つことを示す概念であり、等価交換のような表現で用いられる。
「等閑」は「なおざり」と同じ意味で、物事をいい加減に扱ったり、軽視したりすることを指す。重要な問題や課題に対して真剣に向き合わず、適当に済ませる態度を表す。
等号は、二つの数や式が互いに等しい関係にあることを示す記号であり、通常「=」で表される。数学や論理学において、両辺の値が同一であることを明示する役割を担う。
成績や技能などが他よりも特にすぐれていることを指す。また、そのような状態にあること。対義語は「劣等」。
「我等」は、一人称複数の自称代名詞として、話し手を含む複数の人々を指す。また、文脈によっては対称代名詞として、相手側の複数の人々を指すこともある。漢字「等」が付くことで、複数を明確に示す表現となっている。
等高線とは、地図上において平均海面からの標高が等しい地点を結んだ曲線を指し、地形の起伏や傾斜を表現するために用いられる。同高線や水平曲線とも呼ばれ、等深線に対応する概念である。
怨親平等とは、敵対する者と親しい者とを区別せず、等しく扱うことを指す四字熟語である。本来は仏教用語で、恩ある者も怨みある者も分け隔てなく、すべての人々を救済し極楽往生させようとする平等の精神に由来する。
土階三等とは、土を固めて作った階段がわずか三段しかない質素な宮殿のありさまを指す。転じて、住居や生活が非常に質素であることのたとえとして用いられる。『史記』に由来する四字熟語であり、ここでの「等」は階段の段数を表している。
「等量斉視」は、すべての人を分け隔てなく平等に扱うことを意味する四字熟語である。「等」も「斉」も等しいことを表し、人々を平等に量り、平等に見るという考え方を示している。