力闘とは、ありったけの力を振り絞って戦うことを指す。単に戦うだけでなく、体力や気力を極限まで注ぎ込む奮闘の様を表し、特に困難な状況下での必死の努力や抵抗を意味する。
共闘とは、複数の組織や集団が共通の目標を掲げ、互いに協力して闘争や活動を行うことを指す。
死にものぐるいの覚悟で臨む激しい戦いを指し、勝敗や生死をかけた極限の闘いを意味する。
敵味方が入り乱れて、もみ合いながら争うこと。また、そのような騒ぎや争いそのものを指す。
争いや対立を解決するため、当事者同士が事前に日時や方法を約束して戦うことを指す。特に一対一で勝敗を決する果たし合いを意味する。
苦闘とは、困難な状況や強い相手に対して、苦しみながらも懸命に戦い続けることを指す。単に苦戦するだけでなく、逆境に負けまいとする強い意志と努力が込められた闘いの様子を表す。
拳闘とは、両手にグローブを装着した競技者が、ロープで囲まれたリング内で、拳による打撃を互いに交わし、その技量によって勝敗を決める格闘競技を指す。ボクシングに同じ。
健闘とは、困難な状況にあっても力を尽くして戦うことを指す。特に競技や試合などで、たとえ結果が伴わなくとも最後まで全力を尽くす姿勢を表し、その努力に対して敬意を込めて用いられることが多い。
恐れることなく勇気を奮って戦うことを指す。特に競技や試合などにおいて、相手の強さにひるまず果敢に挑む姿勢を称える表現として用いられる。
表立った争いではなく、水面下で密かに行われる闘争を指す。特に組織内の権力争いや意見の対立が、外部からは見えにくい形で進行する場合に用いられる。
熱闘とは、双方が激しい意気込みと力を尽くして争う試合や勝負のことを指し、特にスポーツや競技において、互いに譲らず白熱した戦いが繰り広げられる様子を表す。
力を振るって戦うこと。また、困難に立ち向かい、力を尽くして努力することを指す。
闘牛とは、牛同士を角で戦わせる競技を指す。また、闘牛士が猛牛と対峙する闘技をも意味する。
闘鶏とは、鶏同士を戦わせてその勝敗を競う遊戯を指し、蹴り合いや鶏合わせとも呼ばれる。また、そのために飼育・訓練された鶏のことも意味し、多くはシャモ種が用いられる。春の季語としても知られている。
相手に打ち勝とうとする強い意気込みや、困難に立ち向かう気力を指す。競技や勝負事において発揮される闘争心や、目標達成に向けた不屈の精神を意味する。
闘将とは、闘志に満ちた将帥や指導者を指し、戦場や競技の場において勇猛果敢に戦う大将や主力選手を意味する。また、社会運動や組織において先頭に立ち、強い意志をもって行動する指導者のこともいう。
互いに手で打ち合い、組み合って戦うことを指す。特に素手による激しい格闘や取っ組み合いの様子を表す。
艱難辛苦に耐え、刻苦勉励して奮闘することを指す。困難な状況に直面しながらも、努力を重ねて目標達成のために尽力する様を表す四字熟語である。
非常に困難な状況の中で、苦しみながらも懸命に戦い努力すること。死に物狂いの苦しい戦いを意味する四字熟語である。
竜騰虎闘は、竜と虎が激しく争う様子を表す四字熟語である。互いに優劣のつけがたい力を持つ両雄が、それぞれの力を尽くして激戦を繰り広げることを喩える。ここでの「竜」と「虎」は、いずれも傑出した英雄や豪傑を指し、「騰」は天高く勢いよく躍り上がる勢いを示している。
力を尽くして戦い、勇気を奮い起こして闘うことを意味する。困難な状況においても全力で努力し、決して諦めずに奮闘する様子を表す。
闘諍堅固とは、争いや論争が絶えず、互いに譲らず対立が激しい状態を指す四字熟語である。特に親鸞の『教行信証』においては、末法の世において人々の間に諍いが絶えず、正しい教えが広まりにくい様子を表す語として用いられている。
善戦健闘とは、たとえ力の差があっても、最後まで全力を尽くして勇敢に戦うことを意味する。特に、不利な状況や強い相手に対しても、諦めずに奮闘する様子を表す。
援軍もなく孤立した少数の軍勢が、周囲の圧力に屈せずに懸命に戦うことを指す。転じて、味方や支援者がほとんどいない状況で、一人または少数の者が困難に立ち向かい奮闘する様子を表す。
鉤心闘角とは、建物の構造が複雑に入り組み、互いにせめぎ合うように見える様子を表す。転じて、人々が互いに策略を巡らせ、激しく争うことを意味する。杜牧の「阿房宮賦」に由来する四字熟語である。