辛抱とは、苦痛や困難な状況に耐え、じっと我慢し続けることを指す。また、そのような忍耐強さをもって物事に取り組む姿勢も意味する。仏教語の「心法」に由来し、心を鍛えるという原義を持つとされる。
辛辣とは、言葉や批評が非常に厳しく、容赦なく相手の欠点や弱点を突く様子を指す。特に、痛烈で鋭い表現を用いて、手加減せずに批判する際に用いられる。
辛辛(からがら)は、危険や困難な状況をかろうじて切り抜ける様子を表す。命の危険にさらされるような場面で、辛うじて逃れることを意味し、通常は「命辛辛」の形で用いられる。
辛口とは、味覚において塩気や香辛料による刺激が強いことを指す。また、そのような味を好む人や嗜好を表すこともある。さらに転じて、批評や評価が厳しく手加減のない様子を意味し、対義語として甘口が挙げられる。
辛党とは、酒を好んで飲む人を指す言葉である。また、辛い味付けを好む人を指す場合もあるが、現代では主に前者の意味で用いられる。対義語は甘党であり、甘い物を好む人を指す。
辛く苦しい思いをしながら、一生懸命に働くこと。また、そのような苦労を伴う務めを指す。
つらく苦しいさま。また、そのようなつらい体験や苦しみを指す。艱難辛苦のように、困難や苦労に満ちた状態を表す語である。
辛酸とは、身に染みるような辛さと酸っぱさを原義とし、転じて人生において味わう非常に辛く苦しい経験や境遇を指す。心身に堪える厳しい苦難や、耐えがたいほどの苦しみを意味する。
葷辛とは、臭気の強い野菜(葱や蒜など)と辛味の強い野菜(生姜や唐辛子など)を総称する語であり、特に仏教の戒律において僧侶が食を避けるべき刺激物を指す。
白辛樹はエゴノキ科の落葉高木で、西日本の山地に自生する。初夏には白い花が多数垂れ下がって咲き、その実からは油を採取することができる。別名をアサギともいい、「麻殻」の表記も用いられる。
危険な状況や困難の中を、かろうじて命だけは取り留めて逃れるさまを表す。
香辛料とは、料理に香りや辛味、あるいは色合いを加えるために用いる植物由来の調味料を指す。胡椒や唐辛子、肉桂、丁字など多様な種類があり、特にインド料理などでは重要な役割を果たす。スパイスとも呼ばれる。
唐辛子はナス科の一年草で、熱帯アメリカが原産地である。細長い果実は成熟すると赤くなり、強い辛味を持つ特徴がある。香辛料や薬用として広く利用されており、「蕃椒」と表記されることもある。
艱難辛困とは、人生において遭遇する様々な苦しみや困難、辛酸をなめ尽くすような苦境を意味する四字熟語である。
困難や苦難に直面し、心身ともに耐え難い苦しみを味わうことを指す。人生の厳しい試練や逆境の中で経験する、並大抵ではない苦労や苦悩の状態を表す表現である。
艱苦辛苦とは、非常に困難で苦しい状況や、そのような苦労を経験することを指す。心身ともに耐え難いほどの苦難や困難に直面し、それを乗り越える過程で味わう辛さや労苦を表す表現である。
夏癸殷辛は、古代中国の暴君である夏の桀王と殷の紂王を指す四字熟語である。張衡の「東京賦」に典拠があり、二人の君主の悪政や放蕩を喩えて、国を滅ぼす愚かな支配者の典型として用いられる。
蓼虫忘辛とは、蓼の葉を食べる虫はその辛さを苦にしないという意味から、人はそれぞれの境遇に慣れ、その苦しみを苦痛と感じなくなることを指す。また、習慣によって辛さも苦にならなくなるたとえとしても用いられる。
「粒粒辛苦」は、米の一粒一粒に至るまで農作業の苦労が込められているという原義から転じて、物事を成し遂げるために、こつこつと絶え間ない努力と苦労を積み重ねる様子を表す四字熟語である。
千辛万苦とは、数多くの辛いことや苦しいことを幾重にも経験することを指す。非常に多くの困難や苦労を重ねる様子を表す四字熟語である。
辛労辛苦とは、非常に困難な状況に直面し、心身ともに大きな苦しみや困難を経験することを指す四字熟語である。「辛労」と「辛苦」はいずれも厳しい苦労やつらい思いを意味し、これらを重ねることで、その苦しみの程度をより強く強調した表現となっている。
辛苦遭逢とは、人生において辛酸をなめ、苦難に遭遇することを意味する四字熟語である。特に南宋の文天祥が詠んだ「過零丁洋」の詩中で用いられ、国難や個人の苦境を背景に、艱難辛苦を経験する様を表現している。
愁苦辛勤とは、心に深い憂いを抱えて苦しむ様子を表す四字熟語である。愁苦は憂え苦しむことを指し、辛勤は辛く憂い苦しむこと、あるいは苦労して努めることを意味する。白居易の「王昭君」に用例が見られ、胸に秘めた悲しみや苦悩が絶えず心を苛む状態を言い表す。