七輪とは、土製の小型のこんろを指す。わずかな炭(かつては七厘程度の価格の炭)で煮物などが調理できることに由来する名称である。
大輪とは、花が開いた際の輪郭が通常よりも大きい状態を指す。特に花弁の広がりが際立って大きく、見応えのある様子を形容する際に用いられる。
内輪とは、家族や親しい仲間など、ごく限られた身内の関係を指す。また、そのような狭い範囲の内部や内密の事柄を表し、外部には漏らせない事情を意味する。さらに、控えめな数量や程度を示す場合にも用いられ、実際より少なめに見積もる様子をいう。
城や砦の周囲に築かれた土塁や石垣などの囲いを指し、城郭の構造を成す区域を意味する。また、そのような囲いで区切られた一区画を指すこともあり、転じて遊郭や遊里を表す場合もある。表記としては「郭」や「廓」の字を用いることもある。
魚肉のすり身を竹などの棒に巻きつけて焼き、あるいは蒸した後に抜き取って作る筒状の食品。その切り口が竹の節の輪に似ていることからこの名がある。
仏教の教えを輪に喩えた語で、仏法が人々に伝わり広まる様子を表します。
後輪は馬具の鞍橋の一部を指し、鞍の後方に位置して山形に高くなっている部分をいう。前輪に対応する部位で、あとわやしりわとも呼ばれる。
相輪とは、仏塔の頂部に設置される金属製の構造物の総称であり、露盤や水煙などの複数の部分から構成される。特に、九輪のみを指して用いられることもある。
飛輪とは、太陽の異称の一つで、天空を駆ける車輪のように輝く光輪をなす様子に由来する表現である。
首輪とは、首に巻く装飾品やアクセサリーを指し、特にネックレスのようなものを意味する。また、犬や猫などのペットの首にはめて飼い主を示したり、制御するための輪状の器具も指す。
喉輪とは、甲冑において喉元を守るために取り付けられる防具の一部を指す。また、相撲の技の一つとして、相手の顎下に手の平を当てて押し上げる攻撃方法を表す場合もある。
椎輪とは、丸太を輪切りにしただけの素朴な古代の車を指す。そこから転じて、物事の最初の段階や、飾り気がなく素朴なもののたとえとして用いられる。
腕に着ける装身具の一種で、主に金属や宝石、皮革などで作られた輪状のものを指す。装飾として用いられるほか、護符や地位の象徴としての役割を持つこともある。
輪鼓は、鼓のように中央部がくびれた形状を指す語である。また、平安時代の散楽で行われた曲芸の名称でもあり、そのくびれた部分に緒を巻き付け、回転させながら空中に投げ上げたり受け取ったりする芸を指す。表記は「立鼓」とも書く。
輪禍とは、自動車や電車などの車両に轢かれたり、衝突されたりすることによって生じる災難や事故のことを指す。交通機関に関連する不慮の惨事を意味する語である。
複数の参加者が順番に担当し、特定の書物やテーマについて調べた内容を発表し合う学習形態を指す。大学のゼミナールなどで行われることが多く、各自が事前に準備を行うことが求められる。
同じ旋律を複数の声部が時間差を置いて繰り返し歌う合唱形式を指す。
輪生とは、植物の茎において、同一の節から三枚以上の葉が放射状に配列する形態を指す。互生や対生と並ぶ葉序の一形式であり、茎を取り囲むように葉が輪状に生じることを特徴とする。
複数の者が一冊の書物を順番に読み進め、その内容について解釈や議論を交わす学習方法を指す。読書会や研究会などで用いられる形式である。
輪舞とは、複数の人が円形に並び、回りながら踊る形式の舞踊を指す。音楽に合わせて円を描くように動く集団舞踊の一種であり、ロンドとも呼ばれる。特に西洋の民俗舞踊や古典舞踊において見られる形態である。
覆輪とは、刀の鞘や鞍などの縁を金銀で装飾したものを指す。また、衣服の袖口や裾を別の布地で細く縁取ったものもいう。表記には「伏輪」を用いることもある。
競輪とは、自転車競技の一種で、プロの選手が専用のトラックを周回して順位を争う競走を指す。公営競技として開催され、観客が勝者を予想する賭けの対象となることが特徴である。
耳輪とは、耳たぶに通して装飾する輪状のアクセサリーを指し、現代でいうイヤリングに相当するものである。
花輪とは、造花や生花を円形に配して作られた飾りのことで、祝賀や弔意を表すために用いられる。
屈輪は、渦巻き状の文様を連続して配した装飾模様の一種であり、主に寺院建築の欄間や天井などに用いられる。ぐりん、あるいはぐりぐりとも呼ばれる。
つり輪は、二本の綱の下端にそれぞれ輪を取り付けた体操用具であり、またそれを用いて懸垂や倒立などの演技を行う男子体操競技種目を指す。
古墳時代に古墳の上や周囲に立て並べられた素焼きの土製品を指す。円筒形のものと、人物・動物・器物などの形を象った形象埴輪に大別され、祭祀や儀礼に関わるものと考えられている。
輪奐とは、宮殿などの建築物が雄大で美しく、光り輝くように立派であるさまを表す。
日輪草はヒマワリの別称であり、太陽を思わせる鮮やかな黄色い花を咲かせる植物を指す。その名は太陽を意味する「日」と輪のような花の形状から付けられたもので、夏の象徴として広く親しまれている。
金輪際とは、仏教の世界観において大地の最下層を指す語であり、転じて、これ以上ない極限の状態や、絶対にそうしないという強い否定の意を表す。例えば、二度と悪いことはしないと誓う場合などに用いられる。
仏教の教義に基づく概念で、衆生が迷いの状態にある限り、生前の行い(業)に応じて天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六つの世界(六道)を生まれ変わり続けるという、終わりのない生死の循環を指す。
輪奐一新とは、建築物などが規模雄大で美しく、新たに建て直されたり、見違えるほど立派になった様子を表す四字熟語である。「輪」は高大なさまを、「奐」は鮮やかで美しいさまを意味し、『宋史』礼志に典拠を持つ。
仏教に由来する概念で、車輪が回り続けるように、生命が死と再生を繰り返すことを指す。魂や霊魂が様々な生存形態(六道)を巡り、因果応報の法則に従って新たな生を受けるという、終わりのない循環の過程を意味する。
転生輪廻とは、仏教の思想に基づき、生命が死後に新たな生を受けてこの世に生まれ変わり、その営みが車輪のように繰り返され続けることを指す。
釈迦が悟りを開いた後、初めて説法を行い仏教の教えを広めたことを指す。転法輪とは仏法を説くことを意味し、ここでは鹿野苑における最初の説法を表す。仏教史上の重要な出来事として知られる。
梓匠輪輿とは、『孟子』に見える四字熟語で、梓人(指物師)・工匠(大工)・輪人(車輪職人)・輿人(車台職人)という四種の職人を指す。ここから転じて、様々な技能や工芸に携わる職人全般を意味するようになった。
仏教用語で、三つの輪(身・口・意)が清らかであることを指す。すなわち、身体による行い、口による言葉、心による思いの三つがすべて清浄で、煩悩に汚されていない境地を表す。
三輪空寂とは、仏教において悟りの境地を表す語で、施しを受ける者、施しを行う者、施される物の三つの要素がすべて実体のない空であると観じることを指す。このような無執着の心構えによって、真の布施が完成するとされる。