川尻とは、川の下流部や河口を指す語である。川の流れが海や湖へと注ぎ込む終点にあたる地点を意味し、文字通り「川の末端」という原義に由来する。上流を「川上」と呼ぶのに対し、下流方向や河口周辺を総称する表現として用いられる。
川の流れに沿った土地の端の部分を指し、水際に近い区域を意味する。川の縁や岸辺を表す語であり、水辺の景観や散策路としての側面も想起させる。
川原とは、川の流れに沿って形成される、水が引いた際に露出する石や砂礫の多い平坦な場所を指す。特に水量の少ない時期や河川敷において顕著に見られる地形であり、河原や磧とも表記される。
川が流れの中で緩やかに曲がりくねっている場所を指し、水の流れが地形に沿って自然に湾曲している様子を表す。
川骨はスイレン科に属する多年草の植物名であり、水辺や沼地に生育する。その根茎が水中で白骨のように見えることに由来する名称で、河骨とも表記される。
川柳は江戸時代中期に流行した雑俳の一種で、五・七・五の十七音から成る短詩形である。俳諧の点者であった柄井川柳の名に由来し、俳句と同形式ながら季語や切れ字などの制約が少なく、世相を風刺や滑稽味を交えて鋭く描くことを特色とする。
熊川とは、朝鮮半島から輸入された茶碗の一種である。ビワ色の釉薬が施され、胴が深く、縁が外側に反っているのが特徴で、その名称は朝鮮半島の古い港であった熊川から輸出されたことに由来する。
川面とは、川の流れる水の表面を指す語である。風が渡る心地よさや、光の反射など、その情景を連想させる表現として用いられる。
川鵜はウ科の水鳥で、全身が黒色を呈し、長く鋭く曲がったくちばしを持つ。水かきが発達しており、巧みに潜水して魚を捕食する習性があり、河川や湖沼などに生息する。集団で森の樹上に営巣することも特徴である。表記は「河鵜」とも書く。
川獺はイタチ科に属する哺乳動物で、河川や湖沼などの水辺に生息する。体は細長く、水かきのある四肢を持ち、泳ぎが得意である。主に魚類を捕食し、その習性から「川の漁師」とも呼ばれる。
川蜷はカワニナ科に属する巻貝で、川や湖の底に生息する。殻は円錐形で高さ約三センチメートルほどあり、表面は褐色を帯びている。ホタルの幼虫の餌として知られ、「河貝子」と表記されることもある。
川薑はゴシュユの別称であり、またサンショウを指すこともある。
川太郎は河童の別称で、主に西日本で用いられる呼び名である。表記としては「河太郎」と書くこともある。
川普請とは、洪水による堤防の決壊箇所の修復や、河川の流路を改修する工事、あるいは堤防そのものの補強や改修工事全般を指す言葉である。
柳川鍋は、千切りにした牛蒡の上に背開きにして骨を取り除いた泥鰍を載せ、煮立たせたところに溶き卵でとじる鍋料理である。主に夏の季語としても用いられる。
渭川漁父とは、渭水のほとりで釣りをする老人を指し、世俗の煩わしさを離れて隠遁生活を送る人物のたとえとして用いられる。転じて、俗世間のしがらみから遠ざかり、自然に親しみながら悠々自適に暮らす隠者の心境や生き方を表す四字熟語である。
名山勝川とは、景色の優れた山や川、すなわち風光明媚な自然の景観を指す四字熟語である。中国の古典『晋書』「孫統伝」に由来し、特に優れた美しさを持つ名高い山や清流を総称して表現する際に用いられる。
川上之歎とは、『論語』子罕篇に由来する四字熟語で、孔子が川のほとりに立ち、流れゆく水を見て「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」と嘆いた故事に基づく。時間の経過や物事の移り変わりのはやさ、またそれに対する無常感や哀惜の情を表す表現である。