子供の遊びやふざけた行為を指し、転じて思慮に欠ける幼稚な行動や、取るに足らない戯れを意味する。
悪戯とは、他人を困らせるようなふざけた行為を指す。また、自分のしたことを謙遜して言う場合にも用いられ、軽い気持ちで行ったことや、お遊び程度のものを表現する際にも使われる。
球戯とは、ボールを用いて行う遊戯全般を指す語であり、特に玉突き(ビリヤード)を指して用いられることもある。
嘲戯とは、相手を軽んじてからかったり、冗談めかして揶揄したりする行為を指す。
戯奴は、自分自身を卑下して指す一人称の代名詞として用いられる。また、親しみを込めて相手を呼ぶ二人称の代名詞としても使われる。
戯評とは、戯れの要素を交えながら社会や事象を批評する文章や表現を指し、特に戯文や漫画などの形式で行われるものをいう。
戯文とは、戯れに書かれた文章を指すほか、中国南宋時代に興った南曲を用いた戯曲のことも意味する。
戯事とは、真剣な意図なくふざけて行う言動や行為を指し、冗談や遊び心から生じる軽い戯れを意味する。深刻な内容を含まず、一時の気まぐれや楽しみとして交わされる言葉や行動を総称する語である。
戯言とは、まじめさを欠いた軽々しい発言や、根拠のないでたらめな言葉を指す。物事の本質から外れた無意味な話や、思慮を欠いた愚かな内容を表し、通常は聞き流すべき信頼に値しない言葉として扱われる。
戯言(ざれごと)とは、ふざけたり遊び心から口にする言葉のことで、本気ではなく軽い調子で言う冗談や戯れ話を指します。真剣な発言ではなく、気軽な会話の中で用いられることが多い表現です。
嬉戯とは、楽しげに遊び戯れることを指す。特に子供が無邪気に遊び回る様子を表し、遊戯とほぼ同義であるが、より活発で戯れの要素が強いニュアンスを含む。
戯謔とは、軽い気持ちでふざけたり冗談を言ったりする行為を指し、遊び心をもって人をからかったり、おどけた言動をとることを意味する。
矮子看戯とは、背の低い人が芝居を見る際に周囲の様子に合わせて賛同するばかりで、自らは内容をよく見ることができない様子から転じて、物事の本質を理解せずに他人の意見に盲従することを意味する。
遊戯三昧とは、仏教用語に由来し、世俗の煩わしさから離れて自由な境地に遊び、何ものにもとらわれない心の状態を指す。転じて、物事に深く熱中しながらも、あくまで遊び心を失わず、自由闊達に振る舞う様を表す。
老莱子が七十歳を過ぎてもなお、色とりどりの着物を着て子供のように戯れ、年老いた両親を喜ばせたという故事に基づく。転じて、年老いてもなお親孝行を尽くすこと、あるいは年老いても子供のような無邪気さを失わないことを指す。