凡才とは、際立った才能や優れた能力を持たず、ごく普通の才能の持ち主を指す。また、そのような人物そのものを表すこともあり、凡庸な素質や人柄を意味する。
才媛とは、優れた才能や豊かな学識を備えた女性を指す言葉である。特に文芸や学問の分野で秀でた能力を示す女性に対して用いられ、才女と同義である。
才覚とは、物事に素早く対応する機転や頭の働きを指す。また、金品などを苦心して調達することをも意味する。
才気とは、優れた知性が鋭く活発に働く様を指し、豊かな発想力や機知に富んだ思考の動きを表す。
才子とは、優れた知性と人徳を兼ね備え、傑出した才能を持つ人物を指す。また、転じて、機転が利き、物事の機微に通じた抜け目のない人を意味することもある。
才人とは、生まれつき優れた才能を備え、頭の働きが鋭い人物を指す。また、転じて、様々な物事を巧みに処理し、状況に応じて抜け目のなく立ち回ることのできる器用な人をも意味する。
すぐれた文章を書く能力、あるいはそのような優れた文章そのものを指す。また、すぐれた筆跡という意味でも用いられる。
生まれつき備わった並外れた才能を指し、特に学問や芸術などの分野で卓越した能力を発揮する人を意味する。
文才とは、優れた文章や文学作品を創作するための才能を指す。文章を書く際の表現力や構成力、言葉の選び方などにおいて秀でた資質を意味する。
多才とは、一つの分野に限らず、様々な方面に優れた才能や技量を備えている様子を指す。多くの技芸や知識に通じ、幅広い能力を発揮できる人物を形容する際に用いられる。
秀才とは、学問において優れた才能を持つ者を指す。特に中国の科挙制度においては、その試験科目の一つであり、合格者を意味した。転じて、広く学識豊かで聡明な人物を称する語として用いられる。
世にもまれな優れた才能、あるいはそのような才能を持つ人物を指す。並外れた天賦の才を示し、通常の人にはない類い稀な能力や業績を有する者をいう。
英才とは、特に優れた才能や能力を指し、そのような才能を持つ人物を意味する。教育の分野では、優れた素質を持つ者を育成する「英才教育」という表現で用いられる。同義語として「秀才」「俊才」があり、「穎才」の書き換え字としても知られる。
非才とは、才能に乏しいこと、あるいは才能がないことを指す。また、自らの能力を謙遜して言う場合にも用いられる。「菲才」と表記することもある。
俊才とは、優れた才能や素質を備えた人物を指す。特に学問や芸術などの分野で卓越した能力を示し、将来を期待される若者に対して用いられることが多い。同義語として「俊英」があり、「駿才」の書き換え字としても用いられる。
浅才とは、浅はかな才知や乏しい才能を指す言葉である。また、自らの才能を謙遜して述べる際にも用いられる。
非常に優れた才能や能力を指し、そのような才能を持つ人物を意味する。類義語として英才や俊才があり、卓越した知性や技量を備えた者を形容する際に用いられる。
商売を行う上で必要な才能や手腕を指し、特に利益を上げるための機敏な判断力や交渉力、経営のセンスなどを含む。
平凡な才能や知恵しか持たないこと。また、そのような能力しか備わっていない人を指す。
頓才とは、その場の状況に応じて素早く適切な判断や対応ができる才知を指す。機転が利き、とっさの機知に富む様を表し、臨機応変な才覚を備えていることを意味する。
漫才は、主に二人の芸人が掛け合いで進める話芸であり、滑稽なやりとりや軽妙なボケ・ツッコミを特徴とする寄席演芸の一つである。
機才とは、物事に素早く反応し、状況に応じて適切な判断や行動をとることのできる鋭い才知を指す。機転が利き、とっさの機会を逃さずに活用する能力をいう。
すぐれた才知や才能を備えていること。また、そのような優れた能力を持つ人物を指す。
片才とは、わずかに備わった才能や、ほんの少しの技芸を指す。大したものではないが、ある程度の能力があることを示し、謙遜を込めて用いられることも多い。
漢学に関する才能や素養を指す言葉で、漢籍の知識や教養に通じていることを意味します。
才知とは、生まれつき備わった才能と、経験や学習によって培われた知恵とが結びついた、物事を巧みに処理する能力を指す。状況に応じて適切な判断を下し、問題を解決するための機転や知恵の働きをいう。
菲才とは、才能が乏しいことを指す語である。また、自らの才能を謙遜して述べる際にも用いられ、「浅学菲才」などの形で使われる。表記としては「非才」と書くこともある。
穎才とは、優れた才能や知恵を備えた人物を指す言葉である。特に、学問や技芸において抜きん出た能力を示し、将来を期待される若い人材を形容する際に用いられる。
駿才とは、優れた才能や鋭い知性を備えた人物を指す。特に若くして傑出した能力や才知を示す者に対して用いられ、その将来性や卓越した素質を称える意味合いを持つ。
青二才とは、年齢が若く経験に乏しい未熟な男性を指す語である。相手を見下す場合や、自分をへりくだって言う場合に用いられる。「青」は未熟さを、「二才」はボラの幼魚に喩えたものともされる。
才槌頭とは、額と後頭部が突出した頭の形状を指す。その名は、物を打つ道具である才槌(金槌)の形状に似ていることに由来する。
猪口才とは、小賢しくて生意気な者を罵る言葉である。主に相手の口先だけの軽薄な才気や、つまらない知恵をひけらかす態度を嘲って用いられる。
世の中を覆い尽くすほどの卓越した才能や気力を備えていることを指す。また、そのような並外れた才知を持つ人物をいう。蘇軾の「留侯論」に典拠を持つ四字熟語で、時代を圧倒するほどの傑出した能力を形容する表現である。
優れた才能を持ちながらも、それを十分に発揮する機会に恵まれず、不遇な境遇にあることを表す四字熟語。
君主を補佐する優れた才能を備えた人物を指す。『漢書』の「董仲舒伝・賛」に由来し、特に帝王の統治を助ける傑出した能力を持つ人材を意味する。