シソ科に属する一年草で、中国を原産とする。その花は生薬として用いられ、主に解熱などの効能がある。
荊冠とは、荊(いばら)で編まれた冠を指す。特にキリスト教において、イエス・キリストが十字架刑に処される際に頭部に被せられた冠を意味し、受難や苦難の象徴として用いられる。
荊妻とは、自分の妻をへりくだって言う語である。故事に由来し、後漢の梁鴻の妻である孟光が、質素な身なりで荊(いばら)の簪を挿して家計を支えたという『列女伝』の逸話に基づく。
草木が乱れ茂っている様子を指す。また、髪などが乱れている状態を表す際にも用いられ、「髪をおどろに振り乱す」などの表現がある。表記は「棘」とも書く。
「負荊」とは、自らの過ちを深く悔いて謝罪することを意味する。荊(いばら)の鞭を背負って刑罰を請う故事に由来し、誠実な反省の姿勢を表す表現である。
問荊はトクサ科に属する多年生のシダ植物で、杉菜とも呼ばれる。漢名に由来する名称であり、春に胞子茎を伸ばし、その後栄養茎を展開する特徴を持つ。
紫荊はマメ科に属する落葉低木で、漢名に由来する名称である。同種の花蘇芳(はなずおう)と混同されることもあるが、春に枝いっぱいに咲く紫紅色の花が特徴である。
蔓荊はクマツヅラ科の落葉低木で、主に海岸の砂地に自生する。茎は砂の上を這うように伸び、葉は卵形で裏面に白い毛が密生している。夏になると紫色の唇形の花を多数咲かせる。名称は漢名に由来する。
土荊芥(ありたそう)はアカザ科の一年草で、メキシコ原産の帰化植物である。茎や葉に独特の強い臭気があり、かつては駆虫剤として用いられた。漢名「土荊芥」の誤用に由来する名称で、「有田草」とも表記する。
「孟光荊釵」は、後漢の梁鴻の妻である孟光が、質素な生活を送りながらも夫を敬い支えた故事に由来する四字熟語である。荊の枝で作ったかんざしという意味から、質素ながらも貞淑な妻のたとえとして用いられる。
「披荊斬棘」は、荊や棘などの障害となる草木を切り払って道を切り開くことを意味し、転じて、困難や障害を乗り越えながら進んでいく様子を表す四字熟語です。『後漢書』「馮異伝」に由来し、開拓や事業において苦難を克服する姿勢を指します。
「班荊道故」は、道端で荊の枝を敷いて座り、旧交を温めながら昔話にふける様子を表す故事成語である。転じて、旧友と偶然に出会い、懐かしみながら語り合うことを意味する。
「肉袒負荊」は、『史記』「廉頗藺相如伝」に由来する四字熟語で、上半身を裸にして荊の鞭を背負い、深く過ちを詫びる様子を表す。転じて、心から過ちを認め、厳しい態度で謝罪することを意味する。
千荊万棘とは、多くの荊や棘が生い茂っている様子から転じて、困難や障害が非常に多く、進むことが容易ではない状況を表す四字熟語である。
荊棘銅駝は、『晋書』索靖伝に由来する四字熟語である。都の宮門前にあった銅製の駱駝像が、戦乱で荒廃した後、茨に覆われている様子を指し、世の乱れや国家の衰亡、往時の栄華が失われた有様を喩える表現として用いられる。
荊棘叢裏とは、荊や棘の生い茂る藪の中を意味する四字熟語で、困難や危険に満ちた状況の喩えとして用いられる。
荊山の玉とは、未だ磨かれていない宝玉のことを指し、優れた才能や素質を持ちながらも世に知られていない人物を喩える表現である。中国の故事に由来し、原石のまま埋もれている美玉のように、隠れた価値や未発揮の能力を意味する。
荊釵布裙は、荊(いばら)で作ったかんざしと、布(木綿)のすそを意味する四字熟語で、質素でつつましい婦人の服装を表します。後漢の梁鴻の妻である孟光が、質素な生活の中で身につけていた服装に由来する故事に基づいており、『太平御覧』が引く皇甫謐の『列女伝』にその記述が見られます。