旧遊とは、かつて訪れた土地や、かつて共に遊んだ友人を指す言葉である。過去に旅した思い出深い場所を「旧遊の地」などと表現したり、かつて親しく交遊した人々を懐かしむ際に用いられる。
親しい間柄で互いに付き合うこと。特に、友人としての交流や交際を指し、人と人との親密な関係を築く営みを意味する。
糸遊とは、空中に蜘蛛の糸が風に揺られて漂う様子を指す。また、春の日差しの中で地面から立ち上る陽炎(かげろう)の揺らめく現象をも表す語である。
西方、特に西洋諸国を旅することを指す。中国の古典『西遊記』に由来し、本来は西方の天竺(インド)へ仏典を求める旅を意味したが、現代では広く西洋への旅行を表す。
以前に訪れたことがある土地や場所を指し、往時を懐かしむような文脈で用いられる表現である。
遊客とは、定まった職業を持たずに遊び暮らす者を指す。また、観光地などを訪れる遊覧客の意味や、遊郭で遊女を相手に遊ぶ客を表す場合もある。「游客」と表記することもある。
遊学とは、自国を離れて他の土地や外国に赴き、学問を修めたり知識を深めたりすることを指す。特に、異なる文化や環境の中で学びながら見聞を広めるという意味合いを含む。
娯楽として技量を競い合う遊戯や勝負事を指し、特にパチンコや麻雀といった施設で行われるものを含む。
遊休とは、設備や資金、土地などが本来の用途に用いられず、放置されたままの状態にあることを指す。
遊興とは、酒食を伴う飲食店などで遊び楽しむことを指す。特に、宴席や歓楽の場において気晴らしや娯楽に興じる行為を意味し、時に「遊興にふける」のように度を越した享楽にも用いられる。また、そのために費やす金銭を「遊興費」と表現する。漢字表記としては「游興」と書くこともある。
遊吟とは、各地を巡り歩きながら詩歌を作り、それを口ずさむことを指す。自然や風景に触発されつつ、移動を伴う創作活動であり、特に詩人が旅先で詩作と朗詠を行う様を表す。
遊女(あそびめ)は、宴席において歌舞を披露して客をもてなす女性、あるいは売春を生業とする女性を指す古語である。浮かれ女や遊君(ゆうくん)とも呼ばれ、現代では「ゆうじょ」と読まれることが多い。
遊軍とは、特定の部署に所属せず、必要に応じて臨機応変に出動・活動する部隊や人員を指す。軍事用語としては予備兵力として待機する部隊を意味し、転じて、事件や状況の発生に応じて動く記者などの人々を指す場合もある。「游軍」と表記することもある。
遊覧とは、風景や名所などを見て楽しむためにあちこちを巡ることを指す。観光地を巡る旅行や、船や飛行機など乗り物を用いた観光にも用いられる。「游覧」と表記することもある。
遊子とは、家郷を離れて旅をする人、あるいは遠く故郷を離れて暮らす人を指す。漢詩などでは、漂泊の身を雲に例えて「浮雲遊子」と表現されることもある。表記は「游子」と書く場合もある。
遊星とは、恒星である太陽の周囲を一定の軌道を描いて公転する天体のことを指す。惑星と同義であり、特に太陽系においては、水星や金星、地球などの惑星を総称する語として用いられる。
遊び怠けること。また、そのような様子を指す。仕事や学業に励まず、無為に時を過ごす態度や気風を表す。「游惰」とも書く。
遊歴とは、諸国や各地を巡り歩くことを指す。学問や見聞を広めるため、あるいは単に旅を楽しむために行われる長い旅を意味し、時に「游歴」とも表記される。
遊牧とは、家畜の飼育に必要な牧草や水を求めて、季節や環境の変化に応じて居住地を移動しながら行う牧畜の形態を指す。このような生活様式は、主に乾燥地帯や草原地帯に見られ、遊牧生活や遊牧民族といった表現で用いられる。漢字では「游牧」と書くこともある。
遊山とは、野山を巡って遊び楽しむことを指し、特に遠方への行楽やピクニックを意味する。物見遊山などの表現で用いられ、行楽を表す際には「游山」と書くこともある。また、「ユウザン」と読む場合もある。
定まった職業を持たず、遊び暮らす人を指す。特に知識や教養がありながら社会に定着せず、無為に過ごす者を「高等遊民」と呼ぶこともある。
遊冶とは、酒宴や色事に耽ることを指し、特に芸妓遊びに興じる様を表す。「冶」は金属を溶かす意から転じて、心を蕩かすことを意味し、表記は「游冶」とも書かれる。
歴遊とは、各地を巡り歩きながら遊覧することを指す。単なる旅行ではなく、見聞を広め、風物を楽しむことを主眼とした移動を伴う遊興の営みを意味する。
豪遊とは、多額の金銭を惜しみなく費やして、贅沢に遊興にふけることを指す。
佚遊とは、気ままに遊び歩くことを指し、特に仕事や義務を顧みずに遊興にふける様子を表す。逸遊とも書き、遊びに耽って怠惰な日々を送る意味合いを含む。
役人として仕官のため、あるいは官職の任に就くために故郷を離れて他郷に赴くことを指す。特に、中国の科挙制度の下で、官吏が遠方に赴任する際の旅や生活を意味する。
浮遊とは、水面や空中に浮かび漂う状態を指す。また、あてもなくさまよい歩くことを意味する場合もある。
清遊とは、世俗のわずらわしさを離れ、自然の風趣を楽しむ風流な遊びを指す。また、書簡においては、相手の旅行や行楽を敬って用いる表現である。
遊郭とは、遊女屋が集まって営業する区域を指す。周囲を塀で囲まれていたことから「郭」の字が用いられ、遊里や色里、廓とも呼ばれる。
遊弋とは、艦船が海上を巡回し警戒にあたることを指す。また、鳥を捕らえる遊猟の意味もあり、この場合は「游弋」とも表記する。「弋」は鳥を捕える道具を意味する。
遊蕩とは、だらしなく遊びにふけることを指し、特に酒や女遊びに耽る様子をいう。漢字「蕩」には、しまりなくだらしないさまの意味が含まれており、放蕩と同義で用いられることもある。また、「游蕩」と表記される場合もある。
気ままにあちこちを歩き回り、世間話などをして楽しむこと。また、そのようにして自由に時を過ごすことを指す。「敖遊」と表記することもある。
遊冶郎とは、酒宴や女色に耽り、遊興にふけることを好む男性を指す。放蕩者としての性質を強調する語であり、同様の意味で「游冶郎」と表記されることもある。
夢遊病とは、睡眠中に無意識に起き上がり、歩行や動作を行った後、再び眠りにつくが、目覚めた後にはその行為を全く記憶していないという睡眠障害を指す。夢中遊行症や夢遊症とも呼ばれる。
雲遊萍寄とは、雲のように空を漂い、浮き草のように水面に浮かんで定住しないことを意味し、一定の場所に留まらずに各地を転々とする生活や、安定した居場所を持たない漂泊の状態を表す。
遊戯三昧とは、仏教用語に由来し、世俗の煩わしさから離れて自由な境地に遊び、何ものにもとらわれない心の状態を指す。転じて、一つのことに熱中して他の一切を忘れ、楽しみながら没頭する様子を表す。
物見遊山は、祭りや行事を見物したり、山野に遊びに出かけたりして気分転換を図ることを指す。単なる外出ではなく、日常を離れて行楽を楽しむという意味合いを含む四字熟語である。
放逸遊惰とは、気ままに振る舞い、怠けてだらしない生活を送る様子を表す四字熟語である。規律を離れ、遊びふけることに耽り、勤勉さを欠いた態度を指す。
釈迦が出家前に城の四つの門から外に出て、老・病・死の苦しみと出家者の姿を見て世の無常を悟り、出家を決意したという故事に基づく仏教用語。人生の苦しみや無常を観察し、解脱を求める心境を表す。
四門出遊は、釈迦が太子であった頃、王城の四方の門から郊外に出て、老・病・死・出家の四つの現実に相次いで遭遇したという仏教説話に基づく四字熟語である。この経験を通じて人生の苦しみを悟り、出家を決意する契機となったと伝えられる。