一覧とは、全体に目を通す行為を指し、また一目で全体が把握できるように簡潔にまとめた表やリストのことを意味します。
上覧とは、天皇や君主などが目を通されることを指す。特に、公式の場で行われる観覧や閲覧を意味し、天覧と同義に用いられる。
内覧とは、一般公開に先立ち、限られた関係者や招待客を対象に事前に内容を閲覧させることを指す。特に新製品の発表前や展覧会のオープン前などに行われる非公開の事前公開を意味する。
天覧とは、天皇陛下がご覧になることを指す。特に、天皇陛下が行事や試合などをご覧になる場合に用いられる表現であり、「天覧試合」や「天覧を賜る」などの形で使用される。同義語として「叡覧」や「上覧」がある。
台覧とは、身分の高い方や目上の方がご覧になることを指す尊敬語で、特に天皇や皇族など高貴な方の御覧になる行為を敬って表現する際に用いられます。
回覧とは、文書や連絡事項を記したものを順番に人々に回して読ませることを指す。また、あちこちを見て歩き回る意味もあり、この場合は「廻覧」と表記することもある。
多くの人々に見せるために提示すること。特に、文書や資料、美術品などを公開し、観覧に供することを指す。
統計資料や基本情報を整理し、組織や施設などの概要や要点を簡潔にまとめた文書を指す。利用者が素早く全体像を把握できるように編集されている。
展覧とは、絵画や書物、工芸品などの作品や資料を並べて公開し、広く一般の人々に見せることを指す。特に美術館や博物館などで催される展示会の場を指して用いられることが多い。
自分の作品や持ち物を他人に見ていただく際に用いる謙遜の表現で、「つまらないものですが、どうぞお笑いください」という気持ちを込めた言い方です。
書物や文書などの全体に、詳細に至らずざっと目を通すことを指す。熟覧と同様に、全体を一通り見渡す行為を表すが、特に丹念に読み込むというよりは、概要を把握するような軽い閲覧のニュアンスを含む。
高覧とは、相手が目を通す行為を敬って言う語で、特に文書や作品などをご覧いただく際に用いられる。
清覧とは、手紙や文書において、相手が目を通すことを敬って言う語である。主に「ご清覧を仰ぐ」などの形で用いられ、相手の閲覧を丁重に請う意を表す。同義の「高覧」とほぼ同様の用法を持つ。
広く書物を読み、多くの知識を得ていることを指す。また、広く一般の人々に見せることを意味する場合もある。
遊覧とは、風景や名所などを見て楽しむためにあちこちを巡ることを指す。特に観光地を巡る旅行や、船や飛行機など乗り物を使って景色を楽しむ場合に用いられる。「游覧」と表記することもある。
照覧とは、神仏や貴人など目上の方がご覧になることを指す。また、物事をはっきりと見るという意味も含まれる。
書物や新聞などの文書を調べたり、内容を確かめたりしながら見ること。図書館の閲覧室で資料を読む場合などに用いられる。
縦覧とは、特定の場所や展示物などを自由に見て回ることを指す。この語の「縦」は、思うままに、ほしいままにする意を含み、制約なく観覧する様子を表している。例えば、博物館で郷土資料を縦覧するといったように用いられる。
観覧とは、景色や演劇、展示品などを見て楽しむことを指す。特に、遊園地の観覧車や博物館の展示物など、見物の対象となるものを眺めたり鑑賞したりする行為を表す。
廻覧とは、文書や物品などを順番に回して関係者に閲覧させることを指す。また、あちこちを見て回るという意味もあり、通常は「回覧」と表記されることもある。
劉覧とは、細部に至るまで注意深く目を通すことを指す。また、他人が閲覧することを敬って言う表現でもあり、「瀏覧」と表記されることもある。
叡覧とは、天子や天皇がご覧になることを指す尊敬語で、特に天皇が文書や物品などをお目通しになる際に用いられる。
「覧古考新」は、過去の事象を顧みてそこから学び、新たな課題を考察することを意味する四字熟語である。『漢書』に由来し、「古きを覧み新しきを考う」と訓読される。歴史に鑑みつつ現代の事象を深く考える姿勢を表す。
広く書物を読み、優れた記憶力によって多くの知識を蓄えている様子を指す。豊富な学識を備えていることを意味する四字熟語である。
禰衡一覧とは、『後漢書』禰衡伝に由来する四字熟語で、才能に優れながらも傲慢な態度で人を評価する様子を表す。禰衡が曹操の配下をことごとく貶した故事に基づき、高慢な人物が他人を軽蔑しながら品定めすることを意味する。
朝観夕覧とは、朝な夕なに絵画などの芸術作品を鑑賞し、愛でることを意味する四字熟語である。『歴代名画記』に見える表現で、優れた作品を手元に置き、朝夕に眺めては楽しむという、深い愛玩の情を表している。
洽覧深識とは、広く書物を読み見聞を広げ、それによって得た知識や理解が深く確かな様子を表す四字熟語である。『晋書』「束晢伝」に由来し、単に博識であるだけでなく、物事の本質を見極める深い洞察力を併せ持つことを意味する。