凡俗とは、ありふれており、高尚さや洗練さに欠ける様子を指す。また、そのような性質を持つ人や物事を表す際にも用いられる。
世俗に生きる人々を教化し、その心を善き方向へと導くことを指す。
世間一般の習慣や風潮、価値観に抵抗し、それに逆らう姿勢や態度を指す。
民俗とは、ある地域や集団において長い年月をかけて形成され、人々の生活の中に根付いて伝承されてきた風習や慣習、信仰、伝承、芸能などの総称を指す。特に、文字記録よりも口承や実践によって受け継がれる庶民の生活文化を研究対象とする民俗学の中心概念である。
良俗とは、社会において望ましいとされる風習や習慣を指す。公共の秩序とともに社会の健全な基盤を形成し、これに反する行為は一般に容認されない。
世間一般で用いられる通称を指す。また、仏門に入る前の名や、生前の名を意味することもある。後者の意味では、戒名や法名に対する言葉として用いられる。
俗縁とは、世俗における人と人とのつながりを指し、一般社会での交際や関係を意味する。また、仏教においては僧侶や尼が出家以前に持っていた肉親や姻戚などの縁を表し、修行の道では断ち切られるべきものとされる。
俗語とは、日常のくだけた会話や特定の集団内で用いられる、形式ばらない言葉を指します。雅語や文語に対し、卑俗な表現や隠語を含むこともあります。
俗耳とは、世間一般の人々の耳、あるいはそのような人々が聞くことを指す。特に、洗練されていない一般大衆の聴覚や嗜好を表し、「俗耳に入りやすい」のように、広く受け入れられやすい内容であることを示す際に用いられる。
俗名とは、正式な名称に対して世間一般で用いられる通称や俗称を指す。また、仏門に入る前の俗世での名、すなわち戒名や法名に対する生前の名前という意味でも用いられる。
俗論とは、世間一般の人々が持つ、見識が狭く深みのない議論や意見を指す。高尚な理念や深い洞察に欠け、時として低次元で取るに足らない内容を含むことが多い。
還俗とは、出家して僧侶や尼となった者が戒律を解かれ、再び世俗の生活に戻ることを指す。
俗塵とは、世俗の煩わしい雑事や、世間の煩雑な出来事を塵に喩えた表現である。俗世間に生きる者が避けがたく直面する雑多な煩いや、心を乱すような日常の些事を指し、時にそうした環境に深く染まる様を「俗塵にまみれる」などと表現する。
俗諺とは、世間に広く伝わる教訓や風刺を含んだ短い言葉のことで、日常生活の知恵や経験を簡潔に表したものです。「石の上にも三年」のような例が挙げられ、俚諺とほぼ同義で用いられます。
田舎風で洗練されていない様子を指し、また品がなく下品なさまを表す。前者は地方特有の素朴な習慣や風習を形容し、後者は言葉遣いや趣向の低俗さをいう。「卑俗」とも書く。
俗世間とは、出家した者から見た、一般の人々が生活するこの世の中を指す。俗人の世界や浮世とも呼ばれ、煩悩や執着に満ちた日常の生活の場を意味する。
世の中の健全で善良な風俗や習わしが乱れ、損なわれることを指す四字熟語である。
超塵出俗とは、世俗の垢や煩わしさを超越し、俗世間の常識や習慣から抜け出た境地を指す。
俗臭芬芬とは、下品な趣や野暮ったさが強く漂っている様子を表す四字熟語である。「俗臭」は卑俗な気風を指し、「芬芬」は臭いが立ち込めることを意味する。合わせて、洗練されていない低俗な雰囲気が濃厚に感じられる状態をいう。
「傷風敗俗」とは、社会の善良な風俗や道徳を損ない、人々の品行を乱すことを指す。特に公序良俗を破壊するような行為や風潮を批判する際に用いられ、唐代の韓愈が仏教の影響を論じた文書にも見られる表現である。