凡例とは、書物や地図などの冒頭に置かれ、その編集方針、記号の読み方、全体の構成や利用方法などを簡潔にまとめて示した説明文を指します。
凡愚とは、才能や知恵に欠け、平凡で愚かな性質を指す。また、そのような性質を持つ人や、その様子を表す。
凡骨とは、特に優れた才能や特異な素質を持たず、ごく普通の能力や器量しか備わっていないことを指す。また、そのような平凡な素質しか持たない人を意味する。
凡才とは、特に優れた点のない平凡な才能を指し、転じてそのような才能を持つ人を意味する。ごく普通の能力しか持たず、際立った特徴に欠ける様を表す語である。
凡作とは、芸術作品や文芸作品などにおいて、特に優れた点や独創性に欠け、ごく普通の水準に留まるものを指す。平凡な出来栄えであり、人を惹きつける魅力や深みが乏しい作品をいう。
特に優れた才能や特徴のない、ごく普通の人。世間一般の人々と同様の水準にあり、際立ったところがない者を指す。
凡俗とは、平凡で俗っぽいこと、あるいは高尚さや優雅さに欠け、下品な様子を指す。また、そのような性質を持つ人を指して用いられることもある。
凡退とは、野球において打者が安打や四球、死球などで出塁することなく、また犠牲打などの進塁貢献も果たさずにアウトとなり、攻撃を終えることを指す。特に、三者凡退のように複数の打者が続けてアウトになる状況で用いられることが多い。
凡百とは、多くの種類の物事や人々を総称していう語である。様々な事柄や多くの人々をひっくるめて指す表現で、「凡百の議論」のように用いられる。
凡夫とは、煩悩に覆われたままの状態にある者を指す仏教用語であり、悟りを開いていない一般の人々を意味する。転じて、特に優れた点のない普通の人、凡人という意味でも用いられる。
凡庸とは、特に優れた点や特徴がなく、ごく普通であることを指す。人や物事が際立った才能や個性を持たず、平凡である様子を表し、時に人を指して用いられることもある。「庸」は常の、並みの意である。
「大凡」は、物事の詳細に至らない全体の様子や大体の内容を指す「あらまし」「概略」という意味と、完全ではないがほぼそれに近い状態を表す「ほぼ」「おおかた」という意味を持つ。前者は話や内容の大筋を、後者は数量や程度の近似を示す際に用いられる。表記としては「凡」と書くこともある。
普通の水準をはるかに超えて優れている様子。並外れた才能や能力を備え、際立って目覚ましいさまを指す。
平平凡凡とは、ごく普通であり、これといった特徴や優れた点が見られない様子を表す四字熟語である。平凡という語を重ねて強調した表現で、特に際立った個性や才能のない、ありふれた状態を指す。