竹が群生している林や藪を指す。特に、竹が密生して森を成している様子を表し、仏教史上重要な寺院である竹林精舎の名称にも用いられる。
芸術や文学に携わる人々の集まり、あるいはそのような人々が形成する社会を指す。芸苑と同義で、文化活動に従事する者たちの交流の場や仲間を意味する。
多くの細長い物が、まるで森林のように群がり立っている様子を表す。特に高層ビルや煙突、塔などが密集して聳え立つ光景を指して用いられる。
林間とは、森林の中や、木々が生い茂る場所の間を指す。特に、自然環境を活用した教育活動やレクリエーションの場として用いられ、林間学校や林間コースなどの複合語でよく見られる表現である。
山林から得られる産物、あるいはその生産活動を指す。木材のほか、薪炭、竹材、きのこ類、山菜など、森林資源を利用して得られる様々な物品を含む概念である。
林泉とは、樹木が茂る森や林と、湧き出る泉や池を指す。また、それらを自然の景観として巧みに配置した広大な庭園をも意味する。
林相とは、森林を構成する樹木の種類や樹齢、生育状態などによって形成される森林全体の外観や様相を指す用語である。
書物が多く集まっている場所を指し、特に書店や本屋を意味する。書肆と同義に用いられることもある。
樹木が広い範囲にわたって密生している地域を指す。単なる林よりも規模が大きく、まとまった生態系を形成している。
アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市北西部に位置する地区であり、世界の映画産業の中心地として広く知られている。
青々と茂る木々の林を指す語であるが、中国前漢滅亡後の新代に、王莽の失政に苦しんだ民衆が湖北省の緑林山に立てこもり盗賊行為を行った故事に由来し、転じて盗賊の別称としても用いられる。
鶴林とは、沙羅双樹の林を指す別称である。また、釈迦の入滅を意味する語でもある。これは、釈迦が入滅した地にあった沙羅双樹が、その死を悼んで白鶴の羽のように白く変わり、枯れたという伝説に由来する。
杏林とは、もともとアンズの林を指す語であるが、中国三国時代の名医・董奉の故事に由来して、医師や医療の世界を雅称する言葉として用いられる。董奉は治療の謝礼としてアンズの木を植えさせ、それがやがて見事な林となったことから、後世、医術に優れた人やその業界を「杏林」と称するようになった。
稠林とは、樹木が密に生い茂った森林を指す。また、仏教用語として、煩悩が多く絡み合っている様子を、このような密林に喩えることもある。
翰林とは、学識豊かな文人や学者の集まりを指す。また、中国唐代に設立された宮廷の学術機関である翰林院の略称としても用いられ、そこは文書や典籍を扱う役所であったことに由来する。
檀林は、もともと栴檀林の略であり、僧侶が集まり学問を修める寺院や学問所を指す。また、江戸時代に西山宗因が創始した俳諧の一派を指し、その俳風は滑稽味を特色とし、談林とも表記される。蕉風の興隆とともに衰退した。
叢林とは、木々が密集して生い茂る林のことを指す。また、特に禅宗において修行僧が集まり修行を行う寺院を意味し、禅寺の別称としても用いられる。
窮猿投林とは、追い詰められた猿が林に飛び込む際、どの木を選ぶ余裕がないことに由来する表現である。窮地に陥った者は、状況を細かく選り好みしている余裕などなく、当面の救いとなる手段を取らざるを得ないという喩え。特に、貧窮している者が官職や俸禄を選んでいる場合ではないことを示す際に用いられる。
『荘子』逍遥遊篇に由来する四字熟語で、一本の枝に巣を作る小鳥の林に満足する様子を表す。転じて、わずかな地位や狭い世界に安住し、広い視野や大きな志を持たないことを喩える。
緑林白波とは、中国の故事に由来する四字熟語で、盗賊や山賊を指す。後漢の時代、緑林山に集まった無頼の徒や、白波谷を根城とした黄巾の賊など、乱世に徒党を組んで略奪を働く者たちのことをいう。転じて、そのような賊の潜伏する場所をも意味する。
「風林火山」は、『孫子』の「軍争篇」に由来する四字熟語で、戦いにおける行動の指針を表す。その意味は、状況に応じて、風のように素早く動き、林のように静かに構え、火のように激しく攻め、山のようにどっしりと動じないことを説く。武田信玄が軍旗に用いたことで広く知られる。転じて、何事においても時と場合に応じた適切な対応の重要性を意味する。
肉が山のように積まれ、干し肉が林のように並ぶさまを表し、贅を尽くした豪華な宴会の情景を指す。古代中国の故事に由来する四字熟語である。
竹林七賢とは、中国の西晋時代に俗世を離れ、竹林に集って酒を酌み交わし、音楽を楽しみながら清談にふけった七人の賢人を指す。その成員は阮籍・嵇康・山濤・向秀・劉伶・阮咸・王戎であり、『世説新語』の「任誕」篇などにその逸話が伝えられている。