会厭は喉頭の上部に位置する器官で、嚥下時に気管への食物の流入を防ぐ蓋の役割を果たす。喉頭蓋とも呼ばれる。
倦厭とは、同じことが続くことによって飽きて嫌になること、あるいはそのような気持ちを指す。単調な作業や繰り返しの行為に対して生じる、退屈感や嫌気を意味する。
禁厭とは、神仏の霊威を借りて災厄や病を防ぎ除くまじないのことを指す。
禁厭(キンエン)は、禁厭(キンヨウ)と同義で、まじないや呪術によって災いや病気を防ぎ、または取り除くことを指す。
ある対象に対して強い嫌悪感を抱き、それを避けたい、または排除したいと感じる心理状態を指す。単なる好き嫌いを超えた、強い拒絶反応や憎しみに近い感情を含むことが多い。
厭忌とは、ある物事を強く嫌い、避けようとすることを指す。特に、因習や不浄なものに対して強い嫌悪感を抱き、それらを遠ざけようとする態度を表す。
物事に飽きて嫌になること。同じく「いやになる」という意味を持つ「厭」と「倦」の二字を重ねて、強い倦怠感や嫌気が生じる状態を表す。
戦争を嫌い、戦闘行為や戦争の継続に強い嫌悪感や拒否感を抱くこと。また、そのような気持ちや雰囲気を指す。
厭飫とは、食べ物を十分に食べて飽きることを指し、転じて物事に満足してこれ以上を望まない状態を表す。また、人や物事に対して愛想が尽きてうんざりするという意味も含む。
厭気とは、物事に対して飽きて嫌になる気持ちや、やる気が失せて気乗りがしない状態を指す。例えば「勉強に厭気がさす」のように用いられ、物事への興味や意欲が薄れる様子を表す。表記は「嫌気」とも書く。
新しいものを喜び、古いものを嫌うという意味で、物事や人に対して飽きやすく、常に新しさを求める態度を表す。特に人間関係において、新しい相手に心移りし、以前の関係を疎かにする様子を指すことが多い。
仏教用語で、煩悩に満ち汚れたこの世を厭い離れ、浄土を願う心を指す。「厭離」は穢れた俗世を厭い離れること、「穢土」は不浄なこの世を意味し、『往生要集』に由来する。「えんりえど」とも読む。
厭聞飫聴とは、聞くことに飽き飽きし、聞き飽きてしまうことを意味する四字熟語である。曾鞏の「送江任序」に用いられ、同じ話を繰り返し聞かされてうんざりする様子や、すでに十分に知り尽くしていてこれ以上聞く必要がない状態を表す。
畏怖嫌厭とは、ある対象に対して恐怖を感じると同時に強い嫌悪の念を抱くことを指す四字熟語である。おそれ敬う気持ちと、忌み嫌って遠ざけたいという感情が複雑に絡み合った心理状態を表す。