口の周囲、特に唇やその付近を指す表現で、顔の表情や感情が現れやすい部分を表します。
辺涯とは、遠く離れた土地の果てを指し、はるか彼方の境界や際限のない広がりを意味する。地の果てや水平線の彼方といった、視界や認識の及ぶ限界を超えた遠隔の地域を表す語である。
辺塞とは、国境の要地に築かれた防衛施設を指し、外敵の侵入を防ぐための砦や関所を意味する。
辺地とは、都会から遠く離れ、交通や生活の便が悪い土地を指す。教育や行政などの職務で赴任するような、いわゆる僻地を意味する。また、「へんじ」と読む場合には、仏教用語として極楽浄土の辺境を表す。
辺土とは、都会から遠く離れた地方や、中心地から隔たった地域を指す。また、近郊の地を意味することもある。
辺幅とは、布地の端や縁を指す言葉であり、そこから転じて、外見やうわべ、体裁といった意味で用いられる。特に、実際の中身よりも表面を取り繕う様子を表し、「辺幅を飾る」などと表現する。
机の周辺、あるいは机のすぐ近くを指す語。書物や文房具を置くなど、机を中心とした近接した空間を表す際に用いられる。
岸辺とは、陸地が水に接する境界付近の一帯を指し、特に湖や川などの水域に面した土地の周辺を表す。水際に近い区域を意味し、岸のすぐそばや水と陸の接点に位置する場所を指す言葉である。
武辺とは、武道に関わる様々な事柄や技量、またそれに通じた人物を指す語である。武道の修練や戦いに関する技芸、あるいはその道に携わる者を総称して用いられる。
炉辺とは、暖炉や囲炉裏の周囲、特にその近くの場所を指す語で、炉端と同義である。
海に接する陸地の部分を指し、海岸や浜辺など波打ち際に近い一帯を意味する。山辺と対比される地形表現であり、時に「かいへん」と読まれることもある。
海や湖に面した砂や小石の多い陸地の一帯を指し、特に波打ち際から陸側の近辺をいう。潮の干満や波の影響を受ける地形で、時に貝殻や海藻が打ち上げられることもある。
野辺とは、広くは野原や野のあたりを指すが、特に火葬場や埋葬地を意味する場合があり、葬送の場としてのイメージが強い。また、「野辺送り」の略として、死者を葬る儀式や葬送そのものを表すこともある。
頂辺とは、兜の鉢の最上部を指す語であり、転じて頭のてっぺんをも意味する。同義の表現として「天辺」の表記も用いられる。
縁辺とは、物の周囲や端の部分を指す。また、婚姻などによって結ばれた親族関係や、それに由来する人々を意味する場合もある。
「天辺」は、最も高い位置や頂点を指す語で、山の頂上などに用いられる。また、兜の鉢の最上部や、人の頭のてっぺんを意味することもある。後者の二つの意味では「頂辺」とも表記し、「てへん」と読む場合もある。読みを「テンペン」とすると、上空や空の果てといった異なる意味になる点に注意を要する。
片辺とは、ある場所の端や隅の部分を指す語で、村落などの集落の外れや、人里離れた辺境の地を表す。また、人里の中にあっても中心から外れた場所を意味することもある。
辺邑とは、国境に位置する村落を指す。また、中央から遠く離れた僻地の村を意味する。
一辺倒とは、特定のものごとや方向にのみ偏り、他の選択肢や可能性を考慮しない状態を指す。中国の毛沢東の論文に由来する表現で、例えば「防御一辺倒の試合」のように、戦術や態度が単一に固執している様子を表す際に用いられる。
無辺際とは、広々として果てしなく、限りのない様子を表す。大空や大海原など、際限なく広がる壮大な風景を形容する際に用いられる。
応用無辺とは、ある原理や技術を様々な場面や分野に広く適用することができ、その可能性や範囲に限りがないことを意味する四字熟語である。
無量無辺は、仏教において空間や時間、数量、力量などが計り知れないほど限りなく広大であることを表す四字熟語である。「無量」は量ることができないほど多大であること、「無辺」は果てしなく広々としていることを意味し、『法華経』「序品」に由来する。
無辺無礙とは、限りなく広がり、何ものにも妨げられない自由な境地を表す。仏教においては、悟りの智慧や慈悲が無限に広がり、一切の障壁を超越している様を指す。転じて、広々として遮るもののない空間や、心の自由闊達な状態を形容する際にも用いられる。
辺幅修飾とは、外見や形式を繕い飾ることで、実質よりも見かけを重視する態度を指す。布地の縁を整えて見栄えを良くするという原義から転じ、内面よりも表面を飾り立てる行為を意味する四字熟語である。
長安日辺は、遠い場所のたとえとして用いられる四字熟語である。また、才知に富むことのたとえともされる。中国晋の元帝が幼い太子(後の明帝)に「長安と太陽のどちらが遠いか」と問うた故事に由来し、太子の機知に富んだ二通りの答えに基づく。