応接とは、来訪した客をもてなし、対応することを指す。特に、来客を迎えて会話や応対を行う行為を意味し、応接室などの空間で行われることが多い。
間に他のものを介さず、じかに接するさま。また、間を置かずに物事が行われることを表す。
つながり続けること、あるいは連ね続けることを指す。特に文章や論理において、前後の部分が途切れることなく続いている状態を表す。
客をもてなすこと。特に、店舗やサービス業において来客に対応する行為を指し、適切な応対やサービスを提供する態度や技術を含む。
接合とは、二つのものを繋ぎ合わせることを指す。また生物学においては、原生動物などの細胞同士が一部を融合させることで行われる生殖方法を意味する。
接点とは、曲線や曲面に対して他の線や面が接する際のその一点を指す。また、より広く、異なる物事が互いに接触し、交わる点や、意見や立場の一致する部分を意味する。表記としては「切点」と書くこともある。
折れたり外れたりした骨を元の位置に整え、固定して治療する医療行為を指す。整骨とも呼ばれ、これを行う医師を接骨医という。
国家や軍などの権力機関が、法令や強制力を背景に、個人や民間の所有する土地・建物・財産などを取り上げることを指す。戦時下や非常時において行われることが多い。
接戦とは、互いに接近して戦うことを指す。また、両者の実力が拮抗し、勝敗が容易に決まらない激しい争いや試合の状況を表し、しばしば最後まで結果が予測できない緊迫した勝負を意味する。
物と物、あるいは事柄と事柄が互いに連なり続くこと。また、そのように連ねる行為や、連なりの状態を指す。
客をもてなすこと。特に、来訪者に対して礼を尽くして対応し、飲食などを提供する行為を指す。会社などの組織においては、取引先や来客に対する対応や、そのために要する費用を「接待費」と称する場合もある。
仏教用語で、仏や菩薩が衆生を救済し、導いて極楽浄土へ迎え入れることを指す。
愛情や敬愛の情を表すため、相手の唇や手などに自らの唇を触れさせる行為を指す。口づけとも呼ばれ、キスと同義である。
金属などの材料を加熱して溶かし、接合部を一体化させる加工技術を指す。主に高温によって母材と溶加材を融合させ、冷却後に一つの連続体とする工程をいう。
鑞接とは、はんだなどの低融点の合金を用いて金属同士を接合する方法を指す。接合部に鑞材を流し込み、母材を溶かさずに接着させるのが特徴である。
接続草はトクサ科のシダ植物で、杉菜とも呼ばれる。漢名に由来する名称であり、春の七草の一つとして知られる。
接頭語とは、それ自体では独立して用いられず、他の語の前につくことで、その語に特定の意味を付加したり、語調を整えたりする要素を指します。例えば「お菓子」の「お」や「か細い」の「か」などがこれに当たり、対となる概念として語の後ろにつく接尾語があります。
接尾語とは、単独では用いられず、他の語の末尾に付加されることで、その語に特定の意味を添えたり、品詞を変化させたりする形態素を指す。例えば「高さ」の「さ」は名詞を形成し、「春めく」の「めく」は動詞を形成する。これに対し、語の前に付くものを接頭語という。
スイカズラ科の落葉低木で、山野に自生する。春に淡黄色の小花を多数咲かせ、後に球形の赤い実を結ぶ。漢名「接骨木」の由来は、その葉や枝が打撲や骨折の薬とされたことによる。別表記として「庭常」とも書く。
応接不暇とは、次々と訪れる来客や発生する物事に対応しきれないほど忙しい様子を表す四字熟語である。本来は客の応対に追われる意味であったが、転じて多忙で処理が追いつかない状況全般を指す。『世説新語』を典拠とし、「応接に暇あらず」と訓読される。
応機接物とは、相手の機根や状況に応じて適切に対応し、人や物事に接することを意味する。仏教用語として、衆生の能力や性質に合わせて教えを説くことを指し、転じて一般に、臨機応変に物事に対処する姿勢を表す。
来迎引接とは、仏教において阿弥陀仏が臨終の際に二十五菩薩を従えて現れ、往生する者を極楽浄土へと導き迎え入れることを意味する。
人通りが非常に多く、肩と肩が触れ合い、踵と踵が接するほど混雑している様子を表す。
短兵急接とは、武器を持たずに素手で敵と戦うことを意味する。後漢書の光武帝紀に由来する四字熟語で、準備なく突然の事態に対処する様子を表す。
水光接天とは、月光が水面に映り輝き、その輝きが遠く地平線で空と一つになる雄大な景色を表す四字熟語である。蘇軾の「前赤壁賦」に由来し、揚子江の夜景の壮大な美しさを描写した表現として用いられる。
交頭接耳は、互いに頭を寄せ合い、耳元でひそひそと話す様子を表す四字熟語である。主に他人に聞かれたくない内容を密かに話し合う行為を指し、内密の会話や密談といった意味合いを持つ。中国の古典小説『水滸伝』にも用例が見られる。