上告とは、主に裁判手続きにおいて、下級裁判所の判決に対して不服がある場合に、上級裁判所に審理を求める上訴の一種を指す。また、広義には、目上の者や上位の機関に対して意見や事情を申し上げる行為を意味することもある。
事前に知らせることを指し、特に出版物や映画などの発売・公開前に内容を宣伝する場合にも用いられる。
公告とは、国や公共機関などが、広く一般の人々に対して公式に知らせることを指す。官報や掲示、広告などの手段を通じて重要な事項を公に伝達する行為、またその内容そのものを意味する。
布告とは、国家の重要な意志決定を広く一般に知らせることを指す。また、特に明治初期においては、政府によって発布された法令や政令そのものを指す場合もある。
広告とは、商品やサービス、催し物などの情報を広く一般に知らせる行為を指す。特に新聞やテレビ、インターネットなどの媒体を通じて行われる宣伝活動や、そのために作成された文書や映像などを意味する。
告白とは、隠していた事柄や心の内をありのままに打ち明けて話すことを指す。特に、恋愛感情を相手に伝える際に用いられ、秘密や過ちを自ら明らかにする白状の意味も含む。
告発とは、隠されている悪事や不正行為を公に明らかにすることを指す。また、刑事手続きにおいては、被害者以外の第三者が捜査機関に対して犯罪事実を申し立て、その捜査と処罰を求める行為を意味する。
告諭とは、目上の者が目下の者に対して道理を説き聞かせ、理解させることを指す。また、そのような内容を記した文書をも意味する。
告訴とは、犯罪の被害者またはその法定代理人が、捜査機関に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示を指す。刑事訴訟法上の制度であり、公訴の提起を促す手続きである。
告知とは、ある事柄を相手に告げて知らせる行為を指す。特に重要な情報や決定事項を正式に伝達する場合に用いられ、通知や通告といった意味合いを含む。例えば、病状や結果などを関係者に伝える際などに使われる表現である。
戒告とは、教え諭すことを意味する。また、行政手続きにおいて義務履行を求める通知として用いられ、催告と同義で扱われることもある。さらに、公務員などに対する懲戒処分の一種として、職務上の違反行為に対して本人に直接言い渡す処分を指す場合があり、これは譴責に相当する。「誡告」の書き換え字としても用いられる。
社告とは、会社や新聞社などの組織が、社名変更や事業内容の変更など、広く一般社会に向けて公に発表する公式の知らせを指す。
真心を込めて相手のためを思い、過ちや欠点を改めるよう説き勧めること。また、その言葉。
宣告とは、裁判所が判決の内容を当事者に対して言い渡すことを指す。また、広義には、権威ある立場から重大な事柄を正式に告知する行為も含まれる。
急いで知らせること、またはその内容を指す。緊急性を伴う通知や連絡を意味し、通常は重大な事態や早急な対応を要する場合に用いられる。
民事訴訟や行政訴訟において、裁判所に訴えを提起し、自己の権利や利益の保護を求める当事者を指す。訴訟手続きにおいて、訴状を提出して訴訟を開始する側であり、これに対して訴えられる側は被告と呼ばれる。
民事訴訟や行政訴訟において、原告から訴えられた側の当事者を指す。裁判において訴えの対象となる立場にあり、原告の主張に対する応答や反論を行う立場にある。
本人に知られないように、関係者に対して内密に情報を伝える行為を指す。特に、組織や集団内部の秘密を外部や上位者にこっそりと報告する場合に用いられる。
報告とは、ある事柄について関係者に知らせる行為、またはその内容を指す。特に、任務や業務の経過や結果を関係者に伝達する場合に用いられ、口頭や文書による公式な連絡や説明を含む。
刑事裁判において、検察官が証拠に基づいて被告の罪状を認定し、それに対する量刑の意見を法廷で述べる手続きを指す。
広告や通知などの冒頭に用いられる語で、謹んでお知らせするという丁重な意を表します。
危険や不利益が生じる可能性がある事態について、事前に注意を促し、その発生を未然に防ごうとすること。また、その注意の言葉や行為。
告文とは、神仏に対して祈願の内容を記して捧げる文章を指す。また、天子が臣下に下す文書の意味もあり、この場合「つげぶみ」とも読まれる。
告愬とは、事情を詳しく述べて訴え出ることを指す。特に、苦しい状況や不満を他者に伝え、理解や救済を求める行為を意味する。
告別式とは、故人との別れを正式に告げる儀式を指す。また、転じて、旅立つ人を見送るための送別会の意味でも用いられる。
告天子はヒバリ科の小鳥を指す語で、雲雀(ひばり)の漢名に由来する。通常「ひばり」と読み、「コクテンシ」と読む場合もある。
ウグイスの異称。早春の頃に人里近くで澄んだ美しい声で鳴く様子が、まるで春の到来を告げているように感じられることに由来する。
受胎告知とは、キリスト教において天使ガブリエルが聖母マリアに対し、神の子イエス・キリストを身ごもることを伝えた出来事を指す。この聖書のエピソードは、西洋美術において古来より繰り返し描かれてきた重要な主題の一つである。