戒壇とは、仏教において僧侶や尼僧に正式な戒律を授ける儀式を行うために特別に設けられた壇のことを指します。
戒律とは、主に仏教において僧侶や尼僧が修行と生活において遵守すべき規範や規則を指す。また、より広く宗教一般における信徒の行動を規定する教えや決まりを意味する場合もある。
戒告とは、相手の過ちや怠りを指摘し、将来の行動を改めるよう教え諭すことを指す。また、行政手続きにおいては、義務の履行を求める催告の意味で用いられる。公務員に対する懲戒処分の一種として、職務上の義務違反があった者に対して将来を戒める旨を言い渡す処分を指す場合もある。
戒心とは、油断せずに注意を払い、用心深くあることを指す。自らを戒め、警戒する心構えを意味する。
仏門に入る者が、修行者として守るべき規範である戒律を師僧から正式に授かる儀式を指す。
破戒とは、守るべき戒律を破ることを指し、特に仏門に入り戒を受けた僧侶がその戒律に背く行為を意味する。
訓戒とは、善悪の道理を教え諭し、過ちを犯さないよう戒めることを指す。また、その教えや戒めそのものを意味する。
厳重に警戒態勢を整えることを指す。特に重要な施設や地域において、不測の事態に備えて細心の注意を払い警戒体制を強化する場合に用いられる。
不正な行為や職務上の義務違反に対して制裁を加え、戒めとすることを指す。特に公務員などが規律に反した際に科される行政処分として用いられ、免職などの処分を含む場合がある。
好ましい状況を損なうような事態が生じないよう、注意を怠らずに備えることを指す。特に危険や不測の事態に備えて心を引き締め、注意深く見張る状態をいう。
懋戒とは、自らを厳しく戒め、怠ることなく慎み深く振る舞うことを指す。ここでの「戒」は、心身を引き締めて過ちを防ぎ、常に注意を怠らない姿勢を意味する。
勧奨懲戒とは、善行を勧め奨励し、悪行を懲らしめ戒めることを意味する四字熟語である。主に為政者や指導者が、人々を導き教化する際の方針や態度を表す際に用いられる。
「履霜之戒」とは、霜が降り始めたらやがて堅い氷が張る前兆であると捉え、物事の兆候を察知して、あらかじめ災いを防ぐべきであるという戒めを表す四字熟語である。『易経』に由来し、わずかな変化にも注意を払い、将来の重大な結果を予見して備えることの重要性を説いている。
沐浴斎戒とは、身を清めるために沐浴し、心を整えるために斎戒することを指す。古代中国において祭祀などの重要な儀式に臨む前に、身体と精神の両面で清浄な状態を保つための作法であり、『孟子』の「離婁・下」にその記述が見られる。
覆車之戒とは、先人の失敗や過ちを自らの戒めとすることである。転覆した車の轍を見て、同じ過ちを繰り返さぬよう慎むという意味から、歴史や他人の経験から教訓を得ることを指す。
仏教において、戒律を受けた者がそれを破りながらも、自らの過ちを恥じることのない態度を指す。戒めを破る「破戒」と、悪事を恥じない「無慙」を合わせた語で、信仰者としてあるまじき堕落した心境を表す。「破戒無慚」とも表記する。
孟子の母が織機の糸を断ち切って、学問を途中で放棄しようとした孟子を戒めた故事に基づく四字熟語。物事を中途でやめてしまうと、それまでの努力が無駄になり、成就できないという教訓を表す。
前覆後戒とは、過去の失敗を教訓として将来の過ちを戒めることを意味する四字熟語である。『漢書』賈誼伝に由来し、前車の覆えるを鑑みて後車の戒めとするという故事に基づく。すなわち、先人の挫折や誤りを自らの行動の指針とし、同じ過ちを繰り返さないようにするという教えを表している。
斎戒沐浴とは、神事や仏事など重要な儀式に臨む前に、心身を清浄にすることを指す。飲食を慎み、行いを正すことで内面の穢れを祓い、また髪や体を洗い清めることで外面の汚れを除くという、内と外の両面からの浄化の行いをいう。『孟子』に由来する語で、神聖な行為に対する厳粛な準備の姿勢を示す。
『論語』季氏篇に由来する四字熟語で、教養ある人格者として生涯のうちに年齢に応じて特に慎むべき三つの戒めを指す。すなわち、若年期には色欲を戒め、壮年期には闘争心を戒め、老年期には利得欲を戒めるという教えである。