事実や主張などを認めずに否定することを指す。特に、罪状や責任などを認めない場合に用いられる。
信頼してその能力や価値を認めること。特に専門家や権威ある立場の者に対して、その判断や意見を尊重し受け入れる態度を指す。
ある行為や考え方を、それが必ずしも好ましいとは限らないものの、許容できる範囲内として認めること。
認知とは、物事を明確に把握し理解することを指す。また、法律用語としては、嫡出でない子を自らの子として認める手続きを意味する。
事実や資格などが一定の条件を満たしていると判断し、それを正式に認めること。
認否とは、ある事柄を承認するか否認するかを指す言葉である。特に裁判などにおいて、被告人が起訴された事実を認めるかどうかを確認する際に用いられる。
ある事柄を妥当なものとして承認し、受け入れることを指す。特に、他者の行為や意見、状況などを良しと認めて許容することを意味する。
迷頭認影とは、『首楞厳経』に由来する仏教用語で、自分の頭を探し求めながら、鏡に映った自分の影をそれと認めてしまう愚かさを表します。すなわち、真実の自己(頭)を見失い、その影(仮の姿)に執着する迷いの状態を喩えた言葉です。
認奴作郎は、『景徳伝灯録』に登場する良价禅師の故事に由来する四字熟語で、文字通りに解釈すれば「奴を認めて郎と作す」という意味である。これは、物事の本質を見誤り、取るに足らない者を貴い者と見間違える愚かさ、あるいは真実を見極めることのできない浅はかな判断を喩えた表現として用いられる。