声に出さずに文章を読むこと。目で文字を追いながら内容を理解する読み方を指し、音読と対をなす表現である。
声を出さずに心の中で深く思いを巡らせること。静かに思索にふける様子を指す。
黙然とは、言葉を発することなく静かにしている様子を表す。沈黙を保ちながらも、内面には深い思索や感情が潜んでいるような静寂な状態を指し、時に「黙然として座す」などの形で用いられる。また、「もくぜん」と読まれることもある。
黙劇とは、台詞を用いずに身振りや表情、動作のみによって物語を表現する演劇形式を指す。パントマイムとも呼ばれ、しばしば滑稽な内容を含む無言劇として上演される。
黙止とは、言葉を発せずにそのままの状態を保つことを指す。特に、意見や反論を差し挟まずに沈黙を続ける様子を表し、看過できない事態に対して無言でいることができない場合などに用いられる表現である。
黙黙とは、無口で余計な言葉を発することなく、ひたすらに物事に取り組む様子を表す。静かに集中して作業や学習を続ける態度を示し、沈黙を保ちながらも着実に行動を重ねる姿勢が感じられる表現である。
言葉を発さずに会釈やお辞儀をすること。また、無言で敬意を表する礼儀作法を指す。
黙って見ていることを指し、特に何らかの行動を起こさずに傍観する様子を表す。他人の困難や問題を目の当たりにしながらも、敢えて介入したり手を差し伸べたりしない態度を示す。
黙過とは、気づいていながらあえて指摘せず、見過ごすことを指す。問題や違反行為を認識しているにもかかわらず、沈黙を保ち、そのまま放置する行為をいう。
黙考とは、声を出さずに静かに思索を巡らせることを指す。沈思黙考のように、深く物事を考え込む様子を表し、黙想や黙思と同様の意味を持つ。
黙識とは、言葉に出さずに心の中に留めて覚えておくことを指す。黙って記憶するという意味から、以心伝心のように言葉を介さずに理解し合う様子を表す「黙識心通」という表現にも用いられる。
寡言沈黙とは、言葉数が少なく、静かに黙っている様子を表す四字熟語である。口数が少ないことを意味する「寡言」と、黙り込むことを意味する「沈黙」が組み合わさり、無口で物静かな性格や態度を指す。
維摩一黙は、『維摩経』に由来する四字熟語で、維摩居士が沈黙によって真理を説いた故事に基づく。言葉を超えた深い境地や、無言のうちに真意を伝えることを意味し、雄弁よりも沈黙が優れた説得力を持つ場合を指す。
「杜黙詩撰」とは、中国宋代の詩人である杜黙の詩が、その詩風の拙さから「詩撰(詩の選集)」に値しないとされた故事に由来する四字熟語で、出来の悪い詩や、内容が伴わない詩文集を嘲って言う表現である。『野客叢書』などにその典拠が見られる。
沈黙寡言とは、物静かで言葉数が少なく、むやみに口を開かない様子を表す四字熟語である。内に深い思慮を秘め、軽率に発言しない落ち着いた人柄を指す。
沈思黙考とは、声を発することなく静かに物事について深く考え込む様子を表す四字熟語である。心を内側に向け、あれこれと思いを巡らせながら、沈黙のうちに思索を重ねることを意味する。
黙って心を静め、深く思いを巡らせて考えること。静かな沈黙の中で、物事をじっくりと考察し、思索を深める様子を表す。