絢爛とは、華やかで輝くばかりに美しい様子を表す。特に豪華な衣装や装飾などが目を奪うような美しさを形容する。また、詩文において修辞が豊かで華麗に彩られているさまをも指す。
腐爛とは、有機物が微生物の作用によって分解され、悪臭を放ちながら崩れていく状態を指す。特に死体や動植物の組織が腐敗し、原型を留めなくなる様子を表す。
熟爛とは、果物などが十分に熟して柔らかく崩れるほどになる状態を指す。また、文化や芸術などが極度に発達し、洗練されきった様子を表す際にも用いられる。
爛柯とは、囲碁に夢中になり時間の経過を忘れることを指し、転じて囲碁そのものを表すこともある。また、遊びや物事に熱中して時の流れを忘れる様子の喩えとしても用いられる。この語は、中国晋代の故事に由来する。樵夫の王質が童子たちの囲碁を眺めているうちに持っていた斧の柄が腐り、帰郷すると数十年の歳月が経過していたという伝承による。
爛然とは、光がきらめき輝く様子を表し、鮮やかで美しいさまをいう。燦然や燦爛と同様に、光の美しさや華やかさを強調する表現である。
爛脱とは、書物において落丁や誤りなどにより文章の前後が繋がらず、意味が通じなくなる状態を指す。また、人の行いや振る舞いが乱れている様子を表すこともあり、この場合は「乱脱」と表記されることもある。
爛発とは、物事が勢いよく盛んに起こる様子を指し、また、鮮やかに現れ出るさまを表す。
爛漫とは、花が咲き誇り、華やかに広がる様子を指す。また、天真爛漫のように、飾り気なくありのままの姿が明るくあふれ出るさまを表す。
爛爛とは、きらめくように輝くさまを表す。特に星々が鮮やかに光る様子や、鋭く光る眼差しなど、強く明るく光るものを形容する際に用いられる。
桜の花が満開となり、華やかに咲き乱れている様子を表す四字熟語。「爛漫」は花が豊かに咲き誇るさまを意味し、春の盛りを象徴する表現として用いられる。特に「桜花爛漫の候」などの形で、書簡における時候の挨拶としても定着している。
「衍曼流爛」は、悪しき事柄などが際限なく広がり、あちこちに蔓延する様子を表す四字熟語である。「衍曼」は限りなく広がりはびこるさま、「流爛」は散り散りになって広がる意をそれぞれ含み、合わせて広範囲にわたって拡散する状態を強調する。『史記』「司馬相如伝」に用例が見られる。
「爛額焦頭」は、『漢書』霍光伝に由来する四字熟語で、火災の際に額を焼け爛れさせ頭を焦がすほどに必死で消火に当たったという故事に基づく。転じて、非常に困難な事態に直面し、身を粉にして奔走し努力する様子、あるいは切迫した状況で懸命に対処する姿を喩える表現として用いられる。
土崩魚爛とは、土が崩れ魚が腐るように、物事が完全に崩壊し、救いようのないほどに乱れ果てる様子を表す四字熟語である。組織や国家などが内部から瓦解し、秩序が失われて回復不能な状態に陥ることを意味する。
天真爛漫とは、飾り気がなくありのままの性質で、心の動きが素直に言動に表れる様子を指す。自然のままの純真さが損なわれず、気取ったところがなく、偽りのない心のありようをいう。
焦頭爛額とは、火災の消火に奔走して頭を焦がし額を焼けただれさせる様子から、危険を顧みずに事変の処理に当たって苦労することを表す。また、事前の予防策を軽んじて事後の対応のみを賞するような、根本を忘れて些末なことにこだわる愚かさの喩えとしても用いられる。故事は『漢書』霍光伝に由来し、「爛額焦頭」とも言う。
才華爛発とは、優れた才能が際立って輝き、豊かに発揮される様子を表す四字熟語である。特に学問や芸術の分野において、その人の天賦の才が華やかに開花し、周囲を圧倒するほどに顕れることを意味する。
「滾瓜爛熟」は、丸々と育った瓜が完熟している様子から転じて、物事を完全に熟知していること、また文章などを一字一句間違えずに暗唱できるほどに習得していることを表す四字熟語である。