北堂とは、古代中国において主婦が居住する建物を指す語であり、転じて母親を意味するようになった。また、他人の母を敬って呼ぶ際の尊称としても用いられる。
北面とは、北の方角を向いていることや、建物などの北側の面を指す。また、君主が南を向いて座るのに対し、臣下が北を向いて仕えることから転じて、臣下として主君に仕えることを意味する。さらに、院政期において上皇や法皇の御所を警護した武士、いわゆる「北面の武士」の略称としても用いられる。
北枕とは、頭を北に向けて寝ることを指す。これは釈迦が入滅した際の姿勢に由来し、日本では死者を安置する際の作法とされる。そのため、生者がこの姿勢で寝ることは不吉であると忌み嫌われる傾向にある。
北緯とは、地球の赤道を基準として北側に位置する地点の緯度を指す。赤道を0度とし、北極点を90度として、その間を北に向かって計測した角度を表す。例えば、東京は北緯約35度に位置する。対義語は南緯である。
戦いや試合において相手に負けることを指す。また、かつては戦いに敗れて逃げ去る意味もあった。「北」の字は背を向ける様子に由来し、敗走の原義を表している。
北の果てにある広大な海を指す語で、主に古典文学において北方の茫漠とした海域を表現する際に用いられる。
北嶺は、高野山を南山と呼ぶのに対し、比叡山の別称として用いられる。また、奈良の興福寺を南都と称するのに対し、比叡山の延暦寺を指す呼称としても使われる。
北辰とは北極星の別称であり、小熊座の主星を指す。天球の北極に近く、その位置がほとんど動かないため、古来より方位や緯度を知るための重要な指針として用いられてきた。
古代中国において、北方に居住する異民族を指す呼称である。方角に基づく四夷の概念の一つとして、南蛮・東夷・西戎と並んで用いられ、中原から見て北方の地に住まう人々を、やや蔑むニュアンスを込めてこう称した。
朔北とは、北の方角や地域を指す語である。特に中国の北方、すなわち中原から見て北に位置する未開の地や辺境を意味する場合がある。
硯北とは、手紙の宛名の脇に添えて敬意を表す語で、「おそば」を意味する。南向きに机に向かう際、人は机上の硯の北側に位置することに由来する。同様の用法の「机下」「座下」と同系の語であり、「研北」と表記することもある。
奔南狩北とは、天子が戦乱などの難を避けるため、南や北の地へと逃れることを指す四字熟語である。「奔」は逃げる意、「狩」は狩猟の意で、天子の逃避を婉曲に表現したものである。
北門之嘆とは、『世説新語』「言語」篇に見える故事に基づく四字熟語で、才能がありながら不遇な境遇にあり、仕官の道が開かれずに嘆き悲しむ心情を表す。転じて、優れた能力を持ちながら適切な地位や機会を得られず、不満や無念の思いを抱くことを指す。
北斗七星は、北の空に見える七つの星の集まりで、ひしゃくの形に並んでいることからその名がついた。大熊座に属する明るい星々であり、古くはこの星の配置を目安にして時刻や方角を知るために用いられた。「斗」はひしゃくを意味する。
白首北面とは、年老いて白髪になってもなお師に教えを請い学び続けることを意味する。才能に恵まれない者は、たとえ年を重ねても学ぶ姿勢を忘れず、師の前に恭しく教えを受けるべきだという教訓を示す表現である。
南洽北暢とは、君主の恩恵や威光が国の隅々まで、すなわち南方にも北方にも広く行き渡り、滞りなく通じることを表す四字熟語である。『漢書』終軍伝に由来し、統治が円滑に行きわたり、天下がよく治まっている様子をいう。
南箕北斗とは、名ばかりで実質が伴わないことの喩えである。南天に見える箕星は箕(穀物をふるう道具)の形をしているが実際には用をなさず、北斗七星は酒を汲むひしゃくに似ているが酒を注ぐことはできないという、『詩経』の一節に由来する。転じて、見かけは立派だが何の役にも立たないものや、名実が伴わない状況を指して用いられる。