古代中国において東方に居住するとされた九種の異民族を指す。また、広くは東方の諸民族を総称する語としても用いられた。
夷則は、古代中国に由来する音楽理論における十二律の一つで、その九番目の音律を指す。また、陰暦においては七月の異称として用いられ、季節の移り変わりを表す雅な呼び名である。
古代中国において東方の異民族を指した「夷」と北方の異民族を指した「狄」を合わせた語で、文明の及ばない未開の地の人々や野蛮人を意味する。転じて、外国や異文化に対する蔑視や敵意を込めて外国人を指す呼称としても用いられる。
夷講は、商売の神である夷(えびす)を祀り、商売繁盛を祈願する行事である。主に陰暦十月二十日に行われるが、地域によって実施時期は異なる。冬の季語としても用いられる。
夷守とは、古代において九州などの辺境の要地を防衛することを指し、転じてその任務に当たる者をも意味する語である。
戎夷とは、古代中国において東方に住むとされた異民族を指す語である。もともと「夷」は東方の異民族を意味する漢字であり、これに「戎」を冠して、文明の域外にあり、礼儀や風俗が異なる人々を総称する表現となった。主に中華思想の文脈で、未開の地に住む人々をやや蔑んで呼ぶ場合に用いられた。
東夷とは、古代中国において東方に居住する異民族を指した呼称であり、西戎・南蛮・北狄と並ぶ四方の異民族の一つとして用いられた。日本においては、かつて東北地方の蝦夷を指す語としても用いられ、さらに京都から見て関東の武士を「東方のえびす」の意で見下して呼ぶ語としても使われた。
古代中国において、周辺の異民族を未開の者として見下して呼んだ言葉。文明の中心から遠く離れた地域に住む人々を指し、「蕃夷」とも表記する。
誅夷とは、一族を皆殺しにすることである。「夷」には平らげるという意味があり、反逆者や敵対勢力を根絶やしにすることを指す。
蝦夷は、かつて日本の東北地方北部から北海道にかけて居住し、古代の朝廷に従わなかった人々を指す。また、その人々が住んだ地域、特に北海道の古称としても用いられる。「えみし」とも読む。
蝦夷(えみし)は、古代において日本の東北地方や北海道に居住した人々やその地域を指す呼称であり、蝦夷(えぞ)と同義である。
攘夷とは、異民族や外国人を排斥することを指す。特に江戸時代末期において、尊皇思想と結びついて外国勢力の撃退を主張した運動を指して用いられる。ここでの「夷」は、古来より異民族や外国人を意味する語である。
蝦夷菊はキク科の一年草で、中国を原産とする観賞用の植物である。卵形の葉は縁が粗い鋸歯状を呈し、夏から秋にかけて紅、紫、青紫などの頭状花を咲かせる。アスターの別名があり、「藍菊」と表記されることもある。
蝦夷菫はエイザンスミレの別称で、スミレ科に属する多年草である。山地に自生し、細かく切れ込んだ形状の葉を持つ特徴がある。また、「胡菫菜」と表記されることもある。
夷蛮戎狄は、古代中国において四方の異民族を指す四字熟語である。東方の夷、南方の蛮、西方の戎、北方の狄を総称したもので、漢民族が自らの文化を中心として周辺の民族を未開視し、卑しんで用いた表現である。その由来は『礼記』王制篇の「東夷、西戎、南蛮、北狄」という記述に求められる。
平穏な時も困難な時も、節操を変えずに職務を全うすることを意味する。土地の平坦な部分と険しい部分を表す「夷険」から転じて、人生の浮き沈みや順境・逆境を指し、いかなる状況においても一貫した態度を保つことを説く。
「以夷制夷」とは、自国の武力を行使せずに外国勢力同士を対立させ、互いに牽制し合う状態を作り出すことで、外敵の圧力を自国から遠ざける外交政策を指す。中国清代の文献に由来し、「夷をもって夷を制す」と訓読される。
古代中国において、四方の異民族を指す総称である。東方を「夷」、西方を「戎」、南方を「蛮」、北方を「狄」と呼び、文明の中心たる中華から見て未開の地に住む人々を意味した。『礼記』王制篇などにその記述が見られ、中華思想に基づく華夷の区別を表す語として用いられる。
伯夷叔斉は、古代中国の殷末から周初にかけて生きたと伝えられる兄弟の名前に由来する四字熟語である。『史記』の「伯夷列伝」に記され、周の武王による殷討伐を「臣が君を討つもの」として非難し、周の粟を食むことを潔しとせず、首陽山に隠棲して餓死したとされる。ここから、信念を貫いて節を曲げない清廉な人物の喩え、あるいは頑なに主義を守る態度を指して用いられる。
東夷西戎とは、古代中国において四方の異民族を指す表現で、東方の夷と西方の戎を並べた四字熟語である。『礼記』曲礼篇に由来し、広く四方の未開の民族や地域を総称する語として用いられる。
「禽獣夷狄」は、鳥や獣といった動物と、未開の異民族を指す語を組み合わせた四字熟語である。転じて、人としての道理や恩義をわきまえず、獣にも等しい卑しい行いをする者を強く非難し、罵る際に用いられる表現である。
勤王攘夷とは、天皇に忠誠を尽くし、外国勢力を斥けようとする思想を指す四字熟語である。江戸時代末期、特に幕末の志士たちによって掲げられた政治スローガンで、「勤皇攘夷」とも表記される。同義の「尊王攘夷」とともに、朝廷の権威を尊び、外国の侵入を防ごうとする主張を意味する。