病魔とは、病気を悪魔や魔物に喩えた表現であり、人を苦しめたり命を奪ったりする恐ろしい病気そのものを指す。
睡魔とは、激しい眠気を擬人化した表現であり、まるで魔物に襲われるかのように突然訪れる強い眠気のことを指す。
魔手とは、人を害するものや危険な力の喩えとして用いられる表現で、誘惑や災いなどが密かに忍び寄り、捕らえる様を表します。
悪魔のような魅力で人を惑わし、たぶらかす性質を指す。特に、妖艶で危険な魅力を持つ人物やその雰囲気を形容する際に用いられる。
魔魅とは、人を惑わし騙す魔物や化け物を指す言葉であり、転じて邪悪な心を持ち他人を陥れるような人間の喩えとしても用いられる。
仏教においては、人間を惑わし仏道修行を妨げる天魔の王を指し、特に六欲天の第六天に住まうとされる。また、広く魔界を支配する者や、悪魔の王を意味する語としても用いられる。
閻魔は仏教や民間信仰において、冥界の主宰者として死者の生前の行いを審判し、その罪に応じた処分を下すとされる大王である。閻魔王や閻魔大王とも呼ばれる。
伏魔殿とは、悪魔や魔物が潜むとされる館や建物を指す言葉である。転じて、悪事や陰謀が密かに企てられ、渦巻いている場所や組織の喩えとしても用いられる。
断末魔とは、人が死ぬ間際の状態を指す。また、その際に味わう激しい苦痛をも意味する。語源は仏教用語の「末魔」にあり、これはサンスクリット語で身体の急所を表し、そこに触れると激痛の末に死に至るとされることから来ている。
照魔鏡とは、悪魔の正体を映し出すとされる鏡を指す。転じて、人間や社会の隠れた本質や真実を明らかにする手段や物事の喩えとして用いられる。
閻魔帳とは、もともと閻魔大王が死者の生前の行いを記録し、審判のよりどころとする帳面を指す。この比喩から転じて、教師が生徒の成績や素行を記録する帳面や、警察官が所持する手帳を意味するようになった。
閻魔参とは、陰暦の一月と七月の十六日に閻魔堂に参拝する行事を指す。この日は地獄の釜が開き、亡者が責め苦を免れるとされ、また奉公人を休ませる藪入りの日とも重なっていた。閻魔詣でとも呼ばれる。
エンマムシ科に属する甲虫の総称で、動物の死骸や糞便に集まる習性を持つ。体は黒色で丸みを帯び、触角の先端がひしゃく状に広がっているのが特徴である。ハエの幼虫などを捕食する。
好事多魔は、良い物事には往々にして邪魔が入りやすいという意味を表す四字熟語である。順調に事が運んでいる時こそ、思いがけない障害や妨害が生じるものであり、好事魔多しと訓読されることも多い。