次々と加えていくこと。また、加えられたものが重なり合って増えていくこと。
同じことが何度も重なって起こること。繰り返し続いて生じるさまを表す。
累乗とは、同一の数または式を繰り返し掛け合わせる演算を指し、その結果得られる値のこともいう。例えば、ある数aをn回掛けたものをaのn乗と表現し、冪(ベキ)とも呼ばれる。
次々と積み重なること、または積み重ねることを指す。特に負債や赤字など、好ましくないものが徐々に増えていく状況に用いられることが多い。
数量や程度が次第に重なり増していくこと。また、そのようにして増やしていくこと。
累代とは、同じ家系や集団において代々続いてきたことを指す。祖先から子孫へと連綿と受け継がれる様を表し、特に長い年月をかけて継承される伝統や習慣、あるいは特定の場所や地位などに用いられる。
卵を積み重ねたように不安定で、わずかな衝撃でも崩れ落ちる危険な状態を指す。転じて、物事が極めて危うく、崩壊の危機に瀕している状況の喩えとして用いられる。
「累累」は、多くのものが重なり合って一帯に広がっている様子を表し、特に死体などが折り重なって横たわる状況に用いられる。また、連なり続くさま、例えば杉の木立が延々と続いているような風景を形容する際にも使われる。
煩累とは、わずらわしく厄介な関わり合いや、面倒な問題を指す言葉である。人や物事に絡みつき、心身を煩わせるような負担や、解決が難しい厄介事を意味する。
他人の犯した罪に連帯して処罰を受けることを指す。特に、家族や親族、あるいは同じ組織に属する者の犯罪によって、無関係な者までもが責任を問われる制度や状況をいう。
累卵之危とは、卵を積み重ねたように非常に不安定で、今にも崩れ落ちそうな危険な状態を指す。故事は『史記』にあり、范雎が秦王に「君の国は累卵より危うし」と説いて、国の危機を訴えたことに由来する。
無累之人とは、『淮南子』「精神訓」に見える四字熟語で、世俗の煩わしさや束縛に一切とらわれず、心身ともに自由で何ものにも煩わされない人のことを指す。精神の清らかさと独立を保ち、外物に心を乱されることのない境地にある者を表す表現である。
「積日累久」は、長い年月をかけて経験や功績を重ねていくことを意味する四字熟語です。特に、役人などが勤続年数を積み重ねて地位を上げていく様子を指します。この語は、前漢の董仲舒が官吏の昇進が才能よりも年功序列に偏っていることを武帝に諫めた故事に由来し、単に日数が経過するだけでなく、時間の蓄積によって形成される状態を表しています。
戦場や災害の現場などで、多くの死体が折り重なるようにして散乱している様子を表す。
「窮年累世」は、一生涯から子孫の代にまで及ぶ長い年月を指す四字熟語である。「窮年」は人の一生涯を意味し、「累世」は代々続く子孫の世を表す。『荀子』栄辱篇に由来し、「年を窮め世を累ぬ」と訓読される。