仰角とは、観測者の目の位置を基準として、水平面より上方にある対象物を見上げる際の角度を指す。水平面と対象物を結ぶ視線のなす角であり、俯角と対をなす概念である。
仰山とは、物事を誇張して表現するさまを指し、大げさであることを意味する。また、主に関西地方で用いられる用法として、数量が非常に多いこと、たくさんあることを表す際にも使われる。
仰視とは、顔を上げて上方を見ることを指す。主に星空や高い建造物など、上方にある対象を眺める際に用いられる表現である。
仰天とは、思いがけない出来事や状況に遭遇し、非常に驚きあきれる様子を表す。
仏教において深く仏道を信じ求めることを指す。また、広く人や物事を心から慕い憧れ、強く仰ぎ求める心情を表す。
俯仰とは、うつむくこととあおむくことを指す。そこから転じて、人の日常における立ち居振る舞いや身の処し方、また物事に対する態度や姿勢を意味するようになった。
讃仰とは、優れた人物や崇高な思想・行為などを心から敬い慕うことを指す。特に、その対象の徳や功績を深く尊敬し、あがめるような心情を表す言葉である。
鑽仰とは、優れた徳や人格を敬い慕い、心から憧れることを指す。また、学問や技芸に励み、深く究めようと努める姿勢をも表す。
仰仰子はヨシキリの別称であり、夏に鳴き声がやかましいことに由来する。表記は「行行子」とも書く。
寄田仰穀とは、他国の土地を借りて耕作し、他国の穀物に頼って生活することを意味する。『漢書』西域伝に由来する四字熟語で、自国で自給自足できず、他者に依存せざるを得ない状態を喩える表現である。
「吃驚仰天」は、予想外の出来事に遭遇して非常に驚き、天を仰ぐほど衝撃を受ける様子を表す四字熟語である。「吃驚」と「仰天」はいずれも驚きの意を重ねて強調した表現で、俗に「びっくりぎょうてん」とも読まれる。
俯察仰観とは、上を見上げては下を見下ろし、あらゆる角度から物事を注意深く観察することを意味する四字熟語である。
「俯仰之間」は、うつむくかと思う間もなく顔を上げるほどの、ごく短い時間を指す四字熟語である。転じて、物事が瞬く間に起こったり変化したりする様子を表し、時間の経過が極めて速いことを意味する。
随喜渇仰とは、仏教において心から喜んで仏法に帰依し、深く信仰することを表す四字熟語である。
仰観俯察とは、天を仰ぎ見ては星や雲の動きを観察し、地に俯いては草木や地形の変化を探ることを意味する。『易経』に由来し、天地万物を注意深く観察して道理を悟ろうとする姿勢を表す四字熟語である。
仰天不愧とは、天を仰ぎ見ても心にやましいところがなく、何の恥じるところもないという意味である。『孟子』尽心篇に由来する四字熟語で、自らの行いが正しく、良心に照らして一点の曇りもない清らかな心境を表す。
仰天長嘆とは、天を仰ぎ見て深く嘆息する様子を表す四字熟語である。荘子の「斉物論」に由来し、深い悲しみや無念、あるいは天地の広大さに比して自身の無力さを感じた際の、感慨深い嘆きの姿勢を指す。