花を手に取って鑑賞したり、あるいは花札を用いて遊戯を楽しむことを指す。
弄玩とは、手に取って遊んだり、興味本位で扱ったりすることを指す。また、そのようにして遊ぶ対象となるものも意味する。
弄舌とは、必要以上に喋り立てる様子を指し、口数が多いことやおしゃべりな振る舞いを意味する。饒舌と同義で用いられるが、特に軽薄な調子で喋るニュアンスを含むことがある。
弄筆とは、文章を書くことに巧みに趣向を凝らすことを指す。また、事実を故意に歪めて記述する、曲筆の意味も含む。
玩弄とは、人や物を軽んじて弄ぶことを指す。相手をばかにしたり、慰みものとして扱ったりする行為を表し、例えば「玩弄物」のように用いられる。また、「翫弄」と表記されることもある。
愚弄とは、相手を見下した態度でからかったり、ばかにしたりする行為を指す。人を馬鹿にし、軽んじるような言動によって相手の感情や尊厳を傷つけることを意味する。
嘲弄とは、相手をばかにしたり、からかったりする行為を指す。軽蔑の意を込めて人を愚か者扱いし、その尊厳を傷つけるような言動をいう。
翫弄とは、人や物事を軽んじて弄ぶことを指す。真剣な態度を欠き、遊び心や慰みの対象として扱う様を表し、しばしば「玩弄」とも表記される。
「弄璋之喜」は、男の子が生まれたことを祝う喜びを表す四字熟語である。『詩経』の「小雅・斯干」に由来し、璋(玉の一種)を弄ぶ(もてあそぶ)という意味から、将来、立派な人物となるようにとの願いを込めて用いられる。
ろうこうせいせつとは、巧みにやろうとしてかえってまずい結果を招くことを意味する。もとは黄庭堅の「拙軒頌」に由来する四字熟語で、作為を凝らすあまり、かえって事態を悪化させたり、失敗に終わったりする様を表す。
班門弄斧とは、大工の名手である魯班の門前で斧を振るうという意味から、その道の専門家の前で素人が得意気に技を披露する愚かさをたとえた故事成語である。
「嘯風弄月」は、風に吹かれながら詩歌を口ずさみ、月を眺めて賞でることを意味する四字熟語である。自然の風景に親しみ、詩歌や風流を楽しむ心境や態度を表し、文人の風雅な趣向を示す表現として用いられる。『太平記』にも見られる。
「吟風弄月」は、風に吹かれながら詩を吟じ、月を眺めて楽しむことを意味し、自然の風物を題材として詩歌を作る風雅な営みを指す。詩人の吟詠は風月を詠うことが多いことから、詩を詠むことのたとえとしても用いられる。