隠遁生活を送っていた者が、再び世に出て活躍することを指す。中国三国時代、諸葛亮(孔明)が劉備の三顧の礼に応じて草廬を出て仕官した故事に由来する。
穹廬とは、梁を弓形に組み、フェルトなどで覆ったモンゴル族の移動式住居を指す。円形の天井と壁を持つテント状の構造で、遊牧生活に適しており、一般にゲルと呼ばれるものに相当する。
草廬とは、草で葺いた粗末な小屋のことで、草庵とも呼ばれる。また、自分の家を謙遜して言う場合にも用いられる。「廬」は粗末な仮小屋を意味する漢字である。
弊廬とは、本来は荒れ果てた粗末な家を指すが、転じて自分が住む家を謙遜して言う表現である。
「蝸廬」は「蝸牛廬」の略で、蝸牛の殻のように狭く小さい住まいを指す。転じて、自分の家を謙遜して言う表現として用いられる。同義語に「蝸舎」がある。
「天宇地廬」は、天空と地上の家屋を指す四字熟語で、天地に広がる広大な空間や、この世のすべての住まいを意味する。左思の『文選』「魏都賦」に典拠を持つ雅な表現である。
中国の三国時代、蜀の劉備が賢者と聞いた諸葛亮(孔明)の草ぶきの庵を三度訪れ、礼を尽くしてその出仕を請うた故事に基づく四字熟語。転じて、優れた人材を誠意を込めて迎え入れることのたとえとして用いられる。